【前回記事を読む】顔に怪我をした私。鏡を見ると、額に赤いヒナゲシが咲いているように見えた。昭和の頃にそんな歌を歌っていたのは...

第一章 春

シンビジウム

♫『ハピネス』(AI)

グリムスパンキー凱旋ライブのチケットは入手できなかったが、数年前から、コンサートに行く回数が増えている。

最近行ったコンサートの多くは、R美さんに誘われたもので、ピアノ、ギター、バイオリン、チェロ、合唱、オペラ歌手の歌う世界のヒット曲等、バラエティーに富んでいる。

二十年前に、R美さんと知り合った。小学生時代から英国人に英語を習った彼女は、英語が堪能な人だ。

明治大学や大手企業の社会人クラスで英語を教える、人気の講師だった。待ち合わせてコンサートに行く時、赤いハイヒール姿で颯爽と現れる彼女は、大輪の花のようだ。

数年後に八十歳になる人とは思えない。彼女はシンビジウムの花にも見える。何か言った後に微笑む残像が縦に並んで、私の頭の中で、洋蘭のシンビジウムの花になる。

大学院で書いた論文がきっかけで、戦艦武蔵発見に寄与することとなった彼女は、縁と幸運に恵まれた人生と、しみじみ振り返る。

「私が一番好きなのは、料理と針仕事なの。生まれ変わったら、子供を五、六人育てたいわ。子育てが天職だったと感じるもの。今は付録の楽しい余生。このところ最高なのは、テラスでハンモックに揺られて雲を見ることと、自分で育てた花と毎朝話をすることよ」

子供を三人育て上げて、悠々自適のR美さんは、英語を教える仕事を続け、一年の半分近くを上田市近郊の別荘で暮らしている。彼女からメールが来ている。

「四月下旬に、私の山荘に泊まりに来ない? 山桜が満開になるのよ」

行きますとも。山桜を愛でに。山菜の天ぷらを味わいに。アイがソウルフルに歌う『ハピネス』は余生をハッピイに生きるR美さんを讃える歌だと伝えるために。

R美さんと知り合った頃、別の人にシンビジウムの鉢植えをプレゼントされた。長い間咲いた花が終わって、ブロック塀の際に置き、そのまま二十年が過ぎた。去年の秋に、四つの鉢に株分けしたところ、今朝見たら、花芽が元気に育っていた。

このエッセイが百回目になった。全ての原稿を掲載してくれた新聞社の担当の方に感謝している。読み続けてくれた読者の皆様にも謝意を表したい。まだ書き続けそうな気がする。(令和七年三月二十二日)