【創造生産性の高い空間】
芥川龍之介という作家は時代から考えて、わたしの個人的思い入れがある部類の作家なのかも知れない。イマドキの人にとっては明治・大正期の文豪というのはほぼ紫式部、清少納言とも同列の「歴史」の印象かもしれない。
個人的には『羅生門』が好きで、ああいう歴史上のワンシーンをピンナップして、そこに人間の葛藤、その心理の断面を構成するという「作家」性に刺激を受けた世代。
それに対して現代感覚ではYoutube動画などの世界の方がはるかに刺激的なのだろうか。そういうわたし自身も、現代の「芥川賞」受賞作みたいなものには一切反応しなくなっている。
しかし人間は常に、頭のなかに「あたらしい考え」を生み出そうとする創造性を重視してきたのだと思う。それは言語の創造、あたらしい解釈・使用などというような挑戦にもつながっていると思う。
資本主義が社会を覆っていって、そういう創造性に対しても「生産性」「効率」ということを追究するようになった。作家を「缶詰め」にしていい作品を生み出させて、それを文学「商品」として高い付加価値付きで売り抜けようという魂胆が盛り上がっていく。そのときに作家の創造力・想像力をいやが上にも活発化させる空間環境ということを、この時代の出版側も必死に考えたのではないか。
この芥川荘の室内空間で、大正期のそういう出版人の狙いというものを無意識で探していた。上の写真2枚は芥川龍之介が向かっていたに違いない「文机」周辺の様子。現代人はこのようなこぢんまりとした座り机は遠慮したいけれど、大正期の芥川にはこういった姿勢環境の方が快適だったのだろう。
また、この文机は南西側の角に配置されている。日中の作業のために採光環境をそのように設定している。筆やペンを持って原稿用紙に向かっていくには、姿勢としてはやや前屈みで、腕に一定の力が込められる方が合理性があった。