子供の時に味覚を育てるのは大切だ。

いくら親が守って育てても勘の鈍い子になったら、パートナーを間違えたり、生きる道を間違える。

感性を育てる上で味覚を育てることは実はとても大切なことなのだ。

そしてこの鎌倉には美味しいお店もたくさんある。

詩麻が将来、食に携わる仕事をしたいと思ったのは不思議なことではなかった。

ここに住んでいると地球の流れを感じる。

風は地球の呼吸。暖かい南風には幸せを感じ、北風が吹く時は生きる準備や覚悟をする。

しかし、南西風が強く吹く時は海から砂が飛んできて海岸線を通る国道134号線には除砂車が登場するくらいになる。

これもこの辺りの日常だ。

「詩麻、ご飯ができたわよ」

質素なランプの下には紫とオレンジの人参スティック、鶏肉をガーリックバターで煮込んだシュクメルリ、スティックセニョールと芽キャベツ、ロマネスコをオリーブオイルで焼いた上にフェンネルが乗せられて、そして自家製のパンが湯気を出して詩麻を待っていた。

紫衣の作る自家製のパンはいつも茶色いパンだった。それは紫衣がドイツで好きだったライ麦を使うパンだった。ライ麦は小麦に比べて精製度が低いので、濃い茶色のパンに仕上がり、皮がついたまま使うから小麦粉よりも栄養価が高く素材の香りがするのだ。

紫衣はいつも「あなたの人生を生きなさい」と言う。

でも毎日毎日、私は日を重ねる度にお母さんと一緒にいたくなってしまうよ。

そう思ってはいけないの?

詩麻はシュクメルリをフーフーしながら感じるのであった。

いつからか、詩麻は思うようになった。

鎌倉の日常には音がない。

たまに東京に行くと色々な音で頭が割れそうになる。

鎌倉の家は、夜寝る時に南風が強いと風の音と波の音がするくらいだ。それが詩麻にはとても心地よかった。

詩麻は十六才になっていた。

二十八才で詩麻を産んだから紫衣は四十四才になったということだ。

少し白髪の交じった紫衣は、それを隠すこともせずに「海外では髪の毛の色が変化していくのも楽しむのよ」と、自分の変化を楽しんでいた。

紫衣のそういうライフスタイルは詩麻の憧れでもあった。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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