2 フィリピン娘ウェンディ
翌朝は時計に起こされるまでもなく、六時には目覚めた。樹々を渡る風の音と、やかましいほどの小鳥のさえずりに我に返ると、ガラス窓が白々と明るんでいた。山の上で、海から吹き渡る強い風もあってか、赤道近くにいるにもかかわらず、思ったより涼しく、湿気も少ない。
何より、この強い風のお蔭なのだろう、蚊の少ないことが彼には嬉しかった。来比前に調べた厚労省のホームページでは、デング熱注1)が流行しているので注意するようにとあり、もともと蚊に刺され易い彼は、ドラッグストアーを巡って季節外れの大量の忌避剤や蚊取り線香を準備してきたのだが、
少なくともこのハウス周辺では殆ど必要がないようなのだ。それでも、早朝外へ出てハウスの周囲を散策するときには、初めこそむき出しの手足や顔にたっぷりと忌避剤を塗り付けてから外へ出たものだが、数日もするとそれさえしなくなってしまった。
食堂で粗末な朝食を済ませ、部屋に戻ったとき、扉をノックして吉田が入ってきた。彼の後ろに隠れるようにして立っている小柄な若い娘がいたが、木田には紹介されるまでもなく彼女が例のウェンディだと分かった。
当初はおずおずとして、探るような眼をして木田を見つめていたウェンディは、吉田が出て行って二人だけになると、たちまち快活で話し好きな陽気なフィリピン娘になった。木田が簡単に自己紹介と挨拶を済ませた後で、彼女について尋ねると、明け透けに何でも話してくれた。
彼女は十人兄弟姉妹の八番目で、両親とともに十二人の家族で暮らしているのだという。父親は農業、母親はパートの教員をしているそうだが、生活は決して楽ではないらしい。
家にはエアコンはおろか冷蔵庫もなく、電気製品と呼べるものは洗濯機くらいで、電気釜は壊れ、最近テレビまで故障して困っていることまで、笑顔で語ってくれた。
彼女自身は現在看護系の大学を休学中で、このNGOの仕事を手伝いながら、やがては大学に戻るための学費を貯めているのだそうだ。日本語は片言しか分からなかったが、それでも日本にとても興味を抱いていて、いずれは是非日本に行ってみたいと言っていた。