信長は更に、
「それにだ、犬走り法を策すところは見事であった。瓦礫を後ろに下げさせ(セットバック)、石割の技術で正確に採寸して割っておる。採寸もしっかりしておる。
それを石垣に積み上げるとは、何たる素晴らしき術。
あれは、石に溝を掘り点をつなぎ矢穴を横一列にしたな。
そこにタガネを差し込み玄翁(げんのう)やトンカチで叩いて綺麗に割る技術を施していたのであるな。
見事である。あれは、矢穴技法なるものか?」
信長は確信して聞いた。
「さすが信長様、お見通しでござるか。それがしの竹馬の友が、石工の専門集団にいます。
穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる者です。長島辺りに居る石細工の専門集団です。
そのもの達を日割高給で雇いました。それ故、限られた日数で完成した石垣にござります」
「そうであったか。猿、なかなかやるの」信長は感激した。
「普通の職人では3年かけてもあのような城は出来ませぬ。いや何年かかっても穴太衆の技術が無ければ組み上げることは不可能でござる」
藤吉郎は断言した。
「そうか、できぬか。やはり欲しい人材はおるようでおらんの」
「殿も良くご存じのとおり。代わりはいるようでいないのでござります。そんな人が居なければあのようなことは何年経とうが成し得ません」
「そうよな、穴太衆による仕事、見事であった」
「穴太積み工法として、今回、技と力をお借りしました。それ故短期間で完成したものでござる」と、藤吉郎は、にこやかに信長に伝えた。
次回更新は3月10日(火)、19時の予定です。
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