「……優しいんだね、黒田くん」

「え?」

「だって朝のことなのに、今までずっと気にしてくれていたんでしょ?」

「あ……それは……」

自分でも顔が赤くなるのがわかった。一日中、雪野さんのことを気にしていたと言っているようなものだ。急に恥ずかしさが押し寄せてきて彼女の顔から目をそらした。

「……宿題あったでしょ、作文」

「うん」

「私ね、お母さんが死んじゃっていないの」

「──え?」

眉を下げて困ったような、泣きそうな、そんな表情を隠すように彼女は僕に背を向ける形で窓の方を向く。あのね、と小さくつぶやいたあと、彼女は僕に過去の出来事を話し始めてくれた。

「私が幼稚園のとき、熱を出して早退することになって、お母さんが迎えに来てくれることになったの。だけどいくら待ってもお母さんは来なくて、そしたら真っ青な顔でお父さんが迎えに来て……」

泣くのをこらえているんだろう。目元を押さえて一息おいて続きを話し始める。

「あのときはよくわからなかったんだけど、お母さんとはもう会えないってお父さんに言われて、大人の人たちがひそひそ話しているのを聞いているうちにだんだん理解できるようになって。私を迎えに来る途中で車に轢かれたんだって」

「…………」     

「私が熱を出さなければ、いつものお迎えの時間だったらお母さんは生きていたんだなって……」

私のせいだと自分を責める彼女にかける言葉が見つからなかった。

「授業参観はみんなお母さんが来てくれるのがうらやましいなって思ってたの。雫ちゃんのお母さんは?って小学校のときに毎年聞かれて、このことを話すと『可哀そう』って言われてなんだか複雑な気持ちになってたのを思い出したの」

「…………」

「私は『可哀そうな子』なんだって……黒田くん?」

振り向いて僕の顔を見た彼女は、すごく驚いた表情をしていた。

「黒田くん……泣いてる」

「え?」

自分では気がついていなかったが、僕の頬をつーっと温かいものが流れていた。

「え? あれ? ごめん、なんか……」

僕にとって、お母さんが死んでしまったという事実がすごく重く、衝撃的だった。仕事で授業参観にお母さんが来られない人はいても、身近で親が亡くなってしまったという話は聞いたことがなかった。

彼女の話を聞きながら、もし自分のお母さんが死んでしまったらと想像してしまって、ひどい恐怖を感じていた。慌てて涙をぬぐっても止まることなくあふれてくる。

次回更新は3月6日(金)、20時の予定です。

 

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