また、小さな丸と大きな丸を描いて、小さな丸を「わたし」と言い、大きな丸を「お母さん」と言って、意味付けをします。「お母さんとわたしが、お風呂に入っているところ」という絵(図14)がありました。保育士が、「何をしているところ?」と聞いて、子どもが答えてくれました。右上の小さな丸は、「これなあに?」と聞いたところ、「シャンプーと石鹼」と答えてくれました。

(図14)「お母さんとわたしが、お風呂に入っているところ」

閉じた丸は、1つの<あるもの>として、いろいろな意味が付与されます。また、線は、蛇や紐などの意味付けだけではなく、動き(時間)の表現としても描かれます。幼稚園の園庭にある築山から、滑り降りしている絵を描いたりします。絵の真ん中にある丸が本人で、そこから周囲に引かれている線は、そこを滑り降りしている動きを表現しています。

さらに、園外保育で園から出て歩いたところを線で描き、途中のできごとや、遊んだ場所、出合ったものなどを描いたりして、最後は、園に到着している絵などを描きます。このような絵には、1枚の絵の中に、園外保育の時間(絵物語)が表現されているのです。

図15は、3歳児の描いた「チューリップの中の天の川」を描いた作品です。大人が見れば、お花を描いたと見てしまいますが、花の中は「天の川」でした。その子は、チューリップのお花の中を見た時、雄しべや雌しべを見て直感的に天の川を連想したのでしょう。

リュケは、子ども自身の自分の絵に対する評価も、「対象に似ている」ということを挙げています。それは、「似せて描こうとしたという意識がありさえすれば、もうそれで似た絵が描けたこと」になるからです。それが可能になるのは、子どもには、「大人にはとうていそう見えないような線に何か対象との類似性を見つけ出す能力がある」からだと説明しています。

図15の雄しべ・雌しべを天の川と見る能力は、すばらしいと思います。個々のものはそれぞれチューリップと天の川でリアルなのですが、1つの絵とすれば、シュールな想像画になります。これは、リュケの説明とともに、個々のものの関係性が未分化な時期だからこそ素直に描ける絵なのかとも思いました。この時期にしか描けない、子どもらしい絵だと思います。

(図15)「チューリップの中に天の川がある」

 

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