「申し訳ございませんだけじゃわからないだろ! お前はそういう個人的な理由で何百万円の仕事をなくしたんだぞ。人の行いっていうのは過去は過去でも覚えてるもんなんだ」
「……はい。本当に反省しています」
床のただ1点を見つめて、心を押し殺す。本当は向こうがこちらに対してひどいことをしたんだと訴えたかった。しかし、この場であの件をどう説明する? どのみち自分だけが傷つくのは、目に見えていた。
もうここで余計なことを言いたくはなかった。これ以上傷をえぐられたくない。ただひたすら、耐えるだけ。
「代わりの案件をすぐに取ってこい! 今月の営業目標、数字割れたらただじゃおかないからな」
不本意ながら篠田に譲ることになったあの案件があれば、こんなことにはならなかった。そう思うと、ただひたすらに悔しい。くるみは課長に大きく頭を下げて、そのままトイレに飛び込んだ。
いくつか営業リストを更新したあと。人のまばらなオフィスを出て、くるみは大きなため息をついた。LINEには心配してくれているのだろう笹川から、いくつかメッセージが入っている。
(いつも笹川さんには、みっともないところを見られてるな……)
謝恩パーティーのときも、今も。人生で最悪の日だったと思う。
(どん底だな、このところ。唯一の救いは、笹川さんに出会えたことか……)
そんなことを考えながらエレベーターを降りて玄関を出ると、そこに見覚えのある影があった。
「えっ!? 笹川さん!?」
「すみません、やっぱりどうしても気になって……」
「ずっとここにいたんですか!?」
「はい。気持ち悪い真似をしてすみません……」
「いえ、そんな! むしろお待たせしてすみません、そう言ってくださればもっと早く切り上げたのに……」
あの時からもう数時間経っている。
「いえ。これは僕がしたいからしたことで、くるみさんに気を遣わせたかったわけではないんです。でも、結果として気を遣わせてしまいましたよね、すみません……」
「そんな……こちらこそ……」
「駅まで、歩きましょうか」
「はい」
笹川のリードで歩き出す。人生最悪の1日の中で、唯一の清涼剤のような気がした。
次回更新は3月12日(木)、11時の予定です。
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