わたしが向かったのは南の国だ。ビーチが近くにあったが、海に一人で行くのは気が引けた。

かつて日本でバタバタと呼ばれたオート三輪に乗って目ぼしい観光地を一巡りした後、暑熱が籠もる街の中心から離れた長期滞在者向けのホテルに落ち着いた。

燦々と太陽光が降り注ぐ観光スポットを歩きまわるより、古風な煉瓦造りの建物の日蔭でのんびりしたかった。

ホテルの格よりやや大きめに見えるエントランスを中に入ると広々としたロビーがあり、そこには籐製のソファが置かれ、客は中庭の噴水を眺めながら時間を気にすることもなくのどかな休日を過ごすのであった。

気が向けば中庭にあるプールで泳ぐこともできたが、風通しが良くて冷房なしでも涼しく過ごせる建物の中にいる方を好む年長者が多くいた。英語の新聞や雑誌を読み、有料だが安いソフトドリンクを飲み、家族や友人、あるいはほかの客たちと気の置けない会話を楽しんでいた。

ある日、とても気さくで品がいいスコットランド人の親子に出逢った。親子と言ってもお婆さんと四十代の娘さん。

最初は食堂で会釈する程度だったが、ラウンジで寛いでいたら、杖を突いて歩いてきたお婆さんの方からわたしに話しかけてきた。

「こちらいいかしら。こんにちは。あなたどちらから来たの?」みたいな会話から始まった。

外国人にとって聞き取りやすい、ゆったりした英国式の英語を喋るご婦人だった。

名前はマーガレット。上品な話し方なので貴族か何かの出かと思ったが、話をしているうちに、労働者階級だがいくぶん余裕のある中流の人だとわかった。

その時、わたしは初対面のお婆さんに、結婚に失敗したこと、仕事上のトラブルで不当に会社を辞めさせられたことなど、決して上手ではない中学生並みの英語で一気に話した。

お婆さんはわたしの味方になって話をよく聞いてくれた。両親でさえこんなに親身になって話を聞いてくれたことはなかった。話をして楽になった。そして自分は間違っていないことを確信した。

お婆さんは「今度はわたしの番ね」とばかりに自分の話を始めた。