当時の担任である谷岡先生は、当然僕と遥香の間に起こった事実を知っているはずだ。僕が遥香に会いに来たと言えば、彼はどんな反応を見せるだろう。ここまで来て、さらに嫌な記憶をこの地で植え付けたくない。もう十分なんだ。
「自分でやるので大丈夫です!! ……、すみません。ありがとうございます。僕も久々にお会いできて嬉しかったです」
少し強引すぎたかもしれない。驚いた表情を見せる谷岡先生に、背を向けて歩き出した。
そんな僕に、谷岡先生は驚くべきことを口にした。
「緑川のとこに来たのか?」
……え? 今なんて言った? 思わず振り返った僕の目に、谷岡先生の困ったような表情が映る。
「なんで、そんなこと……」
「ああ、いや。ごめん、野上にとっては思い出したくもない過ちだよな。気にするな」
谷岡先生は優しい表情で言った。でも、それは先ほどまで見せていた自然な優しい表情とは、まるでかけ離れたものだった。
あくまで優しい表情を作ろうと努めているような表情、無理に同情しようとしている表情、悪い大人たちが、僕らになんと声をかけたらいいのかわからないときに見せる表情そのものだった。
「違うならいいんだ。お前も帰省くらいするよな」
「あの、違うといいってどういう意味ですか? 僕が遥香に会ってはいけないんですか?」
谷岡先生は驚いた表情を見せる。理由はなんとなくわかる。
「いや、だって……。あんなことがあってよ。まあ俺はお前のことをよく知ってるから、そんな悪いことをするような奴じゃないって知ってるけど。それでも事実は事実だし……」
谷岡先生の歯切れの悪い話に、徐々に苛立ちが増していく。
「はっきり言ってください! 僕がどうして遥香に会ったらいけないのかを!」
はっとした。自分はこんなに大きな声が出せるのだと。あの頃は恐怖で声なんか出せなかったのに、三年も経過してようやくはっきりと声に出せるなんて、なんて恥ずかしく、愚かなことだろう。きっと僕が今抱えている想いは、あの頃の僕が抱えたそれとは違うのだろう。
次回更新3月10日(火)、11時の予定です。
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