このように考えてくると、筆者の悩みは無視されてよいものではない。のみならず、わが国の家庭料理の将来についても、安閑とはしていられないのである。

他人の支え

この頃、マスクをしないで出歩く人が増えてきた。以下は、いささか時代遅れの話。

新型コロナウイルス感染の蔓延に伴う非常事態宣言のさ中、街はマスク姿の人ばかりとなり、何やらものものしい空気が流れていた。そうした日々が続くうち、私の心中もおだやかではなくなってきた。何だか少し切ないような、あるいはやや鬱(うつ)なような、常にない負の感情が、心の中に沈殿し始めた気がしたのである。

思うように出歩けないとか、一部の品物が手に入りにくいとか、そんなささいなことでこんな気分になるのか。あるいは、世間の不安感が自分にも伝染して、そんな気分になるのか。よくよく自分の心に問うてみる。

どうも少し違うようなのだ。確かに、行動の制限や周囲の不安感も、私の心に負の感情をもたらす原因の一つではあるだろう。

しかし、それよりも大きな原因がある。それは、街を歩くとき目にする人々が、いわゆる井戸端会議風の談笑を繰り広げていたり、にこやかにあいさつを交わしたり、コロナ騒ぎ以前なら普通に見られた光景が街から失なわれていることだ。

私は、赤の他人様たちが見せてくれる和やかな光景をふんだんに見て、その光景に言わば知らずのうちに勇気づけられて生きてきたのだ。だから、それらの光景が欠如すると、大げさに言えば、私の生きる勇気は少しずつ侵されてゆくことになる。