睦子の実の父親は現在の養父の親友だった。西日本をおそった大型台風で睦子の両親は亡くなった。偶然一人助かった睦子を、結婚後五年たっても子どもが授からない養父母は里子として育てることにした。

二年目には養女として入籍した。皮肉なことにその年に養母は咲子を妊娠した。出産して二年後にはもう一人、菜々にも恵まれた。

養父母は三姉妹を分け隔てなく育てたいと、睦子が養女であることを隠し通してきた。血液型も全員A型で矛盾はない。

戸籍抄本などが必要なときは先に封をして睦子が見ないようにして渡してきた。のんびり、おっとりの睦子は下の妹二人が美貌、成績で群を抜いていても気にもせず、おおらかに育っていった。

「隣の芝生は青く見えると言いますから、婚約者も欲しくなったのかもしれません。でも妹に対して自慢できるようなものは私には何もないんです」加代は黙ってうなずくだけ、ただただ話を聞いてくれる。

当事者であるはずの光男を責めてもうつむいて謝るだけで何の役にも立たない。

養父母も咲子もいまは大事なときだ。睦子は悲劇のヒロインではいられなかった。

睦子は自分の恨みつらみを完全に脇に置き、養父母の気苦労を軽くし、何より生まれてくる新しい命の幸せを最優先しようと決めた。

「いまは妹が安心して出産できること、父が回復して仕事を再開できること、それのみを願っています。妹に婚約者を寝盗られたというのに、妹を恨むことができない。妹がかわいいんです。どうしてこんなに冷静でいられるのか、自分は何なのでしょう。本当は私が一番薄情者なのかもしれませんね」

本来なら妹を八つ裂きにしてと怒るべきなのだろうが、自分はどうあれ咲子を不幸にすることはできない。本音でかわいいと感じている。自分の光男への想いはそんな程度の打算的なものだったのだろうか。

「自分を責めないで。あなたは何も悪くないわ。しんどかったわね。よく頑張ったわ。でもあなたの選択は間違っていない。似たようなことはあるものよ。私も似たような人生なの。私の場合、相手は義母だったけれど。駆け落ちされたわ」

加代は睦子を強く抱きしめ、優しく背中を撫でてくれた。加代の腕の中は温かく心地よかった。睦子は生まれて初めて思いきり泣けた気がした。ずっと良い子で我慢してきていたのだろうか。

三峰さんとの約束の時間になってしまった。丁寧にお礼を述べ、再訪する約束をして別れた。わずか一時間のことなのに加代は睦子を生き返らせてくれた。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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