その日もクロカリは朝から大忙しだった。六時半のラジオ体操で体に喝(かつ)を入れると、「みゆき第二コーポ」二〇四号室を勢いよく飛び出し、愛車、スーパー・カブにまたがった。

午前中はワンゲル部の部室(ボックス)で、その年の秋の槍ヶ岳〝裏銀座〟山行 (さんこう)の装備チェック。昼に一旦帰宅して、作りおきの冷凍カレーを〝チン〟して頬張ると再び音楽室に戻った。

携帯を機内モードにセットして〝情報ラマダン〟を行い、次に、M半島周辺の太平洋戦争中の史料、画像や映像の渉猟 (しょうりょう)を再開した。音楽室の柱時計が、打楽器のように「ボーン」とひとつ響いた。

すでに午前一時。トイレにも行かず、食事も取らず。二リットルの麦茶も底をつき、わき目も振らずに十二時間ぶっ通しで作業を続けていた。

その時、左目の毛細血管が切れて、鼻血ならぬ〝目血〟が目から零れ、頬を伝った。

「ヤバい、これって、脳溢血とかで倒れるパターンだ……」

自虐的に笑ったクロカリは、その夜は、もはや帰宅の気力もなく、そそくさと寝袋を広げ、パソコンをシャットダウン……。

と、その時だった。とんでもない映像がクロカリの眼(まなこ)に飛び込んできた。それは、米国公文書館の文書記録管理局(NARA)の検索エンジンARC(アーカイブ・リサーチ・カタログ)で引っかかった「Jフィルム」だった。

クロカリは、すぐさまその映像を開いた。すると、そのなかに、ひときわ興味を引く〝コンテンツ〟があった。

それが#13『ある灯台守の一日(A day in the life of a lighthouse keeper 1944)』という、まさにY高の音楽室の南側の窓から顔を覗かせる「Z埼灯台」を舞台とした記録映像だった。

「へえ、こりゃ、びっくりだ。Z埼灯台の実写が残っているとはねえ。よっしゃ、と、とりあえず、この映像、いただきだ!」

クロカリは小さく叫ぶと、すぐさま、その映像の複製(コピー)に取りかかった。

だが、画面に突然現れたのは「Prohibit all saves」(一切の保存を禁ず)というメッセージだった。幾度か試したが、ものの見事に一切のコマンドが撥ねつけられた。