【前回の記事を読む】原爆投下の候補地は複数あった…山で囲まれ、しかも都市機能が完全に残っている広島、長崎以外の県は…
第一章
四
だが、後に「Jフィルム」と呼ばれることになるその映像群に、一切の制作データが欠落している不可思議なコンテンツが、ひとつ存在していた。
それが#13『ある灯台守の一日(A day in the life of a lighthouse keeper 1944)』と題される神奈川県のM半島、Z埼灯台で暮らす灯台守の生活を記録した七分ほどの映像だった。
「この映像には〝疑惑〟が隠されている」
えも言われぬ違和感を抱いたD・H・ハリントンは、米政府が要求する「Jフィルム」の公開に、頑なに異を唱えた。
だが、米政府とNARAは、当時の世界的な情報公開の潮流に呑み込まれるようにしてD・H・ハリントンの主張を退け、何の理由も明かすことなくハリントンと祐子に、#13『ある灯台守の一日』に関する一切の調査打ち切りを厳に命じた。
果たして『ある灯台守の一日』は、翌年の一九〇八年の五月にNARAのホームページで公開。
だが、その理不尽な政府の決定は、ふたりの分析官魂に火をつけた。
その後、ふたりはタッグを組んで、秘密裏に『ある灯台守の一日』の謎を探っていくこととなる。