「ぼくもそのことを考えていたんだけど、このクラスだったら何を書かれても『ありがとう』という気持ちで受け取ることができるような気がするんだよね。自分の悪いところって案外自分では分からないから」
と付け加えました。その後、時間をとってみんなで考え合うようにしました。でも時間をかけることなく結論が出ました。
「授業で違う意見が出た時も、それでもっとよく分かったのと同じじゃないの。そのときに、よくもオレの意見に反対したななんて思わなかったでしょ。『そうか、そういう考えもあったんだ。ありがとう』と思ったじゃないの」
という意見に皆が賛成したからです。
手紙は出席番号順に「○月○日はAくんに全員が書く」というようにして全員に渡るようにしました。私はまだ不安もあったので『直した方がいいところ』を書くこと、また書かれたことはその人なりに感じたことであって全員がそう思っているわけではないかもしれないということを徹底して伝えました。
子どもたちはいつのまにかこの手紙のことを『ありがとうの手紙』と言うようになりました。また番号が後ろの方の子の中には「早く私の番にならないかな」と心待ちにしている子もいました。
内容を私は一切見ないで子ども同士が書いて渡すようにしましたが、あるときAさんが、
「先生、直した方がよいところを書くはずだったのに、Kくんは良いことばかりを書いてきたの。これじゃありがとうの手紙じゃないと思うんだけど、先生から言ってくれません
か?」
と言ってきました。いつもならばどんなことでも直接友だちには話していたAさんにしてはずいぶん遠慮をするんだなと思いましたが、私は
「自分で言いなよ」
と言って関わりませんでした。思春期の芽生えの時期でもあり、また違う学校へ行くこの二人には子どもなりの微妙な感情もあったと思ったからです。
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