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第二章 美しい十代
青き芽生えと入院
女生徒との事は何事もなく月日は過ぎていく、一年経っても女のケツを追いかける習性は直っていなかった。勉強はすっかり疎かになっていった。学校は受験ムードでアサオは嫌な学校を抜け出し、よく映画を観に行った。
当時観た映画は吉永小百合や舟木一夫の日活青春路線、『仁義なき戦い』、加山雄三の若大将シリーズ、『日本の一番長い日』、などである。成人向けの銀座東映もよく行った。生徒手帳を持って、18才以上を証明して学割で入った。
そんな遊び呆けていたアサオの成績は下がり続けた。高校3年の6月、実の父親が急死した。茫然自失。進学を諦めていた折、名古屋の義父が授業料出してやるので進学しろ、と言って来た。親友のUも心配してアサオに「勉強しろ」と必死に励ました。
アサオの精神のキャパシティは限界にきて、統合失調症をその秋発症した。母親の反対を押し切って先生の勧めで市民病院の神経科に12月入院した。神経科は天国だった。大人の若い看護師が何かと年下のアサオによくしてくれて皆、親切だった。アサオはノビノビと暮らし病院食をたいらげ、体重も10キログラム増えた。
その年、アサオは東京迄大学受験に行きたかったが、ドクターストップがかかり、受験は取り止め。時に学園闘争華やかなりし頃、東大入試は前代未聞の中止になり、世の中は騒然となった。
一浪し、19歳の8月アサオは退院し、それでも友人とバイクや車で遊び回り、勉強する意志はみせなかった。母親は父親亡きあと、生計に追われアサオにかまっておられなかった。
10月頃アサオはこんな事では俺の一生無駄になると反省し、墓場で誓った。「出世するんだ、地位を得るんだ、金を握るんだ」の呪文を思い出し、猛然と勉強し出した。食事と寝る時間以外はすべて勉強に当てた。20時間は机に向った。私立文科なのでほとんど英語を頑張った。
努力したかいがあって志望していたレベルには程遠いが、日本大学芸術学部放送学科の合格通知を明くる年2月に受け取った。
4月、豊橋の地から憧れの花の都東京へと、青雲の志を抱き、アサオは新幹線で一路東へ、政治経済・文化の中心地、皆誰でも一度は夢みる東京へと旅立った。