【前回の記事を読む】バイト先の社員さんが好きなのに、2人きりだと会話がはずまない…お惣菜を差し入れしても、反応はいまいちで…
東京ふたり暮らし
しかし、シフトがなかなか合わないので、この計画もなかなか実行に移せず、あっという間に四月が終わってしまった。それで五月中旬、ようやく思い切って、スーパーでビールを買った。そして、里紗が出勤したときに、事務所のテーブルの上に、そのプレゼントを置いた。メッセージを添えて。
「差し入れです。これで気持ち、晴らしてください」
それから二週間近く経った頃、高野さんとシフトが重なり、里紗は高野さんに呼ばれた。
「こないだ、僕にビール置いてってくれたんですけど、これは受け取れないです」
言われながら返されたビールは、手つかずのままだった。
「みんなが見てる前で、こういうことされると困ります。気持ちは嬉しいんですけど」
「前に、お惣菜あげたときは、受け取ってくれましたよね」
「あれがきっかけで、人から貰(もら)わないことにしたんです」
また、高野さんは、ほかのアルバイト学生にはフランクな言葉を使うのに対し、里紗にはきっちりした敬語で接していた。知らず知らずのうちに、距離を縮めるどころか、里紗と高野さんのあいだには、高い壁ができていた。
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家に帰ってから里紗は、部屋の電気もつけずに呆然(ぼうぜん)としていた。その日は、派遣の仕事をしてからバイトに行って、疲れていたはずなのに、なかなか寝つけなかった。それで翌日、里紗は派遣の仕事を休み、昼間は寝たり、テレビを見たりして過ごした。
そして夜になって、仕事から帰ってきたかなえに、昨日のことを報告すると、
「お惣菜のときも今回も、あげる前に、ひとこと相談してほしかったな」
と。リビングのテーブルの上には、高野さんに返された、アサヒとキリンとサントリーの三五〇ミリリットルのビール缶が並んでいた。
「これ、全部あたし飲むよ。お酒大好きだから」
かなえはそう言いながら、そのうちの一缶をプシュッと開けた。
「どうせ、あげるんだったらさ、こうゆう、どこにでも売ってるようなのじゃなくて、
もうちょっと珍(めずら)しめのビールをあげなさいよ。御殿場(ごてんば)の地ビールとかさ」
そんなかなえは、静岡の御殿場出身だ。