1953年に英国隊によりエベレストは初登頂された。ニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイによる快挙であった。この快挙に呼応するようにヒマラヤ山脈とカラコルム山脈の8000 メートル越えの14座に世界中の登山隊が初登頂を目指して困難極まる過酷な登山に挑んできた。
日本隊も標高8163m、世界8位のマナスル登頂を目指して1952年から登山隊を送っていたが、1953年7750mまで達して初登頂はできなかった。英国隊のエベレスト初登頂の成功の一方で無念の敗退であったが、1956年5月9日、日本山学会隊の今西壽雄とシェルパのギャルツェン・ノルブにより初登頂が達成された。
隊長の槇有恒は若き日にアイガー東山稜を3人のグリンデルヴァルトの登山ガイドとともに初登頂して有名になった岳人である。
槇の著書「山行」はマッターホルン初登頂を7人の仲間とともに成功させた英国人エドワード・ウィンパーの著書「アルプス登攀記」や日本アルプスを世界に紹介した英国の牧師、ウォルター・ウェストンの著書「日本アルプス 登山と探検」などとともに名著として岳人のみならず多くの読者を山岳の魅力に引き入れてきた。
イタリアのドロミテ山群の登頂で体を鍛えたイタリア人ラインホルト・メスナーは8000メートル14座を無酸素で登頂を果たした世界初の完全14座登頂者となった。
その1年後にポーランドのイェジ・ククチカが14座登頂を果たしている。8000メートルもの高地では地表の空気の3分の1しかない。
普通に地上で生活している人では 4000メートルを超える高山で高山病になる可能性がある。酷寒や強風が襲い掛かる8000メートル峰に登るためには酸素ボンベが必要である。したがって、無酸素で登頂するなどは通常人間技ではない。いわば、超人なのである。
日本人でこの14座の登頂に成功したのは2012年に竹内洋岳氏、2024年10月4日に14座目のシシャパンマ登頂に成功した石川直樹氏、その5日後に同山に日本人女性初の14座登頂者(14サミッター)となった渡邊直子氏の3人である。
2022年時点で世界では45人しか14サミッターがいないとされている。3人の欧州の女性と1人の中国人女性の完全登頂が疑問視されているので、渡辺氏が世界初の女性サミッターとする報告もある。14座までたどり着けず命を落とした方が何人もおられる。
ヨーロッパアルプスの三大北壁はアイガー、グランドジョラス、マッターホルンとされているが、それぞれの初登頂いらい、夏季だけでなく、凍てつく極限の条件下の冬季初登頂がなされ、さらに、より短時間で登頂した記録が争われている。
8000メートル峰にも冬季に登頂したり、より困難なルートの登頂が競われている。登頂できずに、あるいは下山の途中で命を落とした登山家の数は膨大なものである。エベレスト登頂を目指し、216人もの登山家が死亡、150人もの死体が放置されているという。
すでに、エベレストの一部と化しているのだから氷を砕いてまで取り出す必要はないし、登山隊の一員であっても他の隊員たちが掘り出して下山するのはあまりにも危険である。
次回更新は2月14日(土)、21時の予定です。
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