パートⅡ 無意識と舞踊創作 ―現代舞踊の歴史―
無意識と舞踊創作
私にとって、宇宙という未知と不思議にあふれた空間で世界初の舞踊表現をするという前例のない体験を言葉にするということは困難で、無事終えられたことに満足で、このまま困難だった日々を記憶にとどめ、胸にしまっておこうと思った日々が流れた。
宇宙体験をした人は宗教家になるか、お金儲けに走るかという記述に、どちらにもなれない自分を感じていた。しかし、ここ数年ニュースで流れた映像に、朝夢に現れたイスラエルの国旗を目にした時、この原稿に取り組んだ初めの時には理解できなかったので省いていたキリスト像のほかに*1マホメット像が現れたことを思い出した。
私は、高校のとき物理が好きで、理系コースを選んで、覚えることが多かった地理を選択しなかったせいで、夢に現れたとき何のことか分からなかった。実験時は現在のような、ロシアとウクライナとの戦争やイスラエルとパレスチナの戦いはまだ起きていなかった。
今思うと、飛天プロジェクトをとおして、世界の平和を祈った私の願いは夢を通して知らされたのかもしれない。
河合隼雄によれば、人間の無意識の層は、その個人の生活と関連している個人的無意識と、他の人間とも共通に普遍性を持つ普遍的無意識に分けて考えられるとした。
ただ、それはあまりにも深層に存在するので、普通人の通常の生活においては意識されることはほとんどないとし、普遍的無意識は、個人的に獲得されたものではなく、生来的なもので、人類一般に普遍的なものであると述べ、イメージは単純な記憶像から、夢やビジョンにいたるまでいろいろとあるが、それはすべて本人の主観的体験であり、その報告に頼らないとなにも分からないのがその特徴である。
そこで、ノンバーバルな舞踊で新しい世界を探った20世紀の先人の足取りを、主に主観的体験の視点で追ってみた。
現代芸術としてのモダンダンス
20世紀は19世紀の西洋の合理精神が継承され、テクノロジーや科学の発達によって、人間の生命力を軽視するような流れになっていた。
その中で、モダンダンスは、個人であれ公であれ、当時主流だったバレエのように、特定の支援者に娯楽を提供することを拒否して、個々の芸術家のインスピレーションを重視することによって、19世紀末までにロマン主義を唱える詩人や画家たちと立場を同じくした。