第1章 「J」との出会い
コウノトリは来なかった
「う~ん、一言で言えばあなたたちには“コウノトリは来なかった”ということなんだよね~」
初老のその医師は、屈託ない笑顔でこう言った。
その爽やかな表情と、さっきまでいたクリニックの待合室に満ち溢れていた何ともいえないどんよりとした空気のあまりの違いに、一瞬戸惑った。
「そうですか、わかりました」と私もにこやかに返した。
実際、私たち夫婦の場合は生殖器官に異常は認められず、治療の仕様がなかったのだ。
「無理ですね……もう諦めませんか?」というところを“コウノトリは来なかったんだよ!”と、ウィットに富んだ表現で告知してくれた医師に感謝した。
5年以上に及ぶ不妊治療に、私は終止符を打つ決心をした。
体外受精により培養された受精卵は、治療を始めた頃は順調に分割していた。
その後、胚細胞を子宮に戻すことができていたのだが、何度やってみても着床には至らなかった。
月日を経るたびにその数は減り、最後は分割さえもすることなく、私の卵子はどす黒く腐っていた。年齢を考えても、もう先がないのは確かだった。
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