正夫の生まれた東田村は、ほとんどが山林原野(さんりんげんや)で占(し)められていた。この村は、この県の南東部から日本海にそそぐ大河(たいが)の雄物川(おものがわ)の支流(しりゅう)である成瀬川(なるせがわ)の流域(りゅういき)にあり、大小二〇ほどの集落(しゅうらく)で人々は生活していた。
生活の糧(かて)は零細(れいさい)な農林業(のうりんぎょう)の収入(しゅうにゅう)と農閑期(のうかんき)の出稼(でかせ)ぎからだった。村人にとって、貧しいながらも自分の田畑を持っていることが心の支えであり誇(ほこ)りでもあった。
だから正夫の家のように、田畑一つ持っていない家は軽く見られる傾向(けいこう)にあった。それでも、正夫の家は、坑夫(こうふ)や選鉱婦(せんこうふ)として決まった給料(きゅうりょう) が入るので村の中でも裕福(ゆうふく)な方だった。
正夫は、早生(はやう)まれのせいか、皆よりも体が小さかった。その上病弱(びょうじゃく) で気も弱かった。アレルギー体質(たいしつ)で、「小児喘息(しょうにぜんそく)」という持病(じびょう)があった。
正夫は夜が怖(こわ)かった。
大人も子供も、ゆっくりと体を休め眠ることのできる夜は、食事とともに最高のご馳走(ちそう)のはずである。
「寝るのが楽しみだよ」
というのは、健康な人の言う言葉である。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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