【前回の記事を読む】学校に行こうとすると、急に咳が出て体がだるくなる…。心配する両親が病院に連れて行くと…

二 清水の爺ちゃん高校の先生になる

「できるとも。しっかり教えてやるぞ。正夫、お前も一人っ子。この爺さんも一人っ子だ。何だかこれだけでも親しみが湧(わ)くんではないか」

「体力を付ける基本は歩くことだよ。この爺さんは、子供の時からズーと野山(のやま)を歩いてきた。今でも多摩(たま)の山や、高尾山(たかおさん)や御岳山(みたけさん)などを歩いている。まだまだ、爺さんに見えても、歩くことは負けないぞ。どうだ、正夫、とりあえず、近くを散歩(さんぽ)しようではないか」

正夫は、爺ちゃんの話を聞いてほっとした。自分を理解してくれる人が現れたことで、安らぎと大きなエネルギーを得たと感じた。

確かに学校を休んでも、心が休まらなかった。むしろ逆(ぎゃく)だった。クラスの皆から後れをとったという焦(あせ)りから、大声で「ワー」と喚(わめ)きたくなることもあった。

「その可愛い白い花は『ワルナスビ』というんじゃ。この草花(くさばな)は、本当に悪(わる)だわー。棘(とげ)は生えているし毒(どく)は持っているし、全く人間の役に立たない。この地域をはじめ、全国の農家の人たちも困(こま)っている。

畑の邪魔(じゃま)になる雑草(ざっそう)だから取る。でも、取っても、取っても生(は)えてくる。恐ろしいほど々図(ずうずう)しい草だよ。逞(たくま)しいといってもいいかな。だから、私の崇拝(すうはい)する牧野富太郎博士(まきのとみたろうはかせ)は、『ワルナスビ』と名付(なづ)けたんだよ。笑っちゃうよなア」

「爺ちゃん、役に立たない点では僕と一緒(いっしょ)だね」

「何を言っているんだ。学校を休んだぐらいでそんな弱気(よわき)な考えを持ってはいかん」

「でも、僕は棘も毒も持っていないからなア」

「本当かい正夫。棘も毒も持っていない人間なんて一人もいないよ。大(だい)なり小(しょう)なり、『人間は皆(みな)ワルナスビ』、この爺さんだって棘や毒を持っている。植物も動物も皆持っている。自分を守る武器としてな。棘や毒を持っていないのは『神(かみ)』や『仏(ほとけ)』とされている。そんな人間は一人もいない。

この爺さんが持っている『聖書(せいしょ)』の中に、こんなことが書いてあったよ、正夫。『人義(ぎじん)なし、一人(ひとり)だになし』とな。義人とは、罪のない完璧(かんぺき)に正しい人のことをいうようだ。こんな人間は一人もいないということだよ」