2 姉妹の覚悟
翌朝二人の供を連れて深い山中を歩いた。山の上に立ってこの国の姿を一望したかったのだ。腰に短刀をぶら下げただけの軽装であった。朝霧が立ち込めて、ひやりとした空気はたいそう心地良いものであったが、日が昇ってくるにつれて暑い日差しが大碓たちに容赦なく浴びせられた。
数日前の大雨で蒸し暑く、蚋(ぶゆ・ぶと)や藪蚊も次から次に襲ってきて、体にしつこくつきまとうのであった。
山の中腹に来ると清冽な水の流れる渓流があり、その水で咽喉(のど)の渇きを癒すことができた。さらに渓流に沿って登っていくと、割れた木の椀が浮かんでいた。
この山奥に誰か住んでいるのかと訝しく思ったが、あたりは蝉の声がけたたましく響き合うだけだった。さらに進むと小さな滝があり、その岩壁をよじ登ると上にはかなり広い池があった。
池の淵に佇んだ時、その池のずっと奥から若い娘たちの笑い声が聞こえてきた。美しい二人の娘が裸のままじゃれ合いながら池の中で遊んでいたのだ。向こうはこちらに気づいていないようだった。二人の兵士を待たせて、大碓はその娘たちのそばに近づいた。
大碓は二人の娘のあまりの美しさに目を瞠(みは)ってしまった。両手で掴んでいた小枝が折れた瞬間、娘たちは人の気配に気づき大声をあげて一目散に逃げていった。
大碓は娘たちを追いかけていった。着物を着ようとしている娘たちに近づいたその時、周囲から十数人の女たちが近づき、木刀、槍、弓をもって今にも飛びかからんばかりの形相だった。
恐ろしい顔付きをして竹槍を持った一人の女が、「姫様に近づくことは許しませんぞ。指一本触れさせません」
女たちの気迫に一歩退いた大碓は慌てて言った。
「待て、私は大和からきた大碓という皇子だ。お前たちに決して危害を加えるものではない。私をここで殺したら、ヤマト朝廷に背いたとみなされ、大変なことになるぞ。
何も心配しなくて良い。お前たちに危害は加えないから。この娘たちは、愛姫(えひめ)と姫乙(おとひめ)か」
姉らしい娘が返事した。
「私は姉の愛姫です。ヤマト朝廷の大王の側室になるようご命令がなされたと聞いていますが、私はそのようなことを受け入れるくらいなら死にます。そのような覚悟はできています」
妹娘も続けた。
「私も同じく死ぬ覚悟です。大和に帰って大王にお伝えください。いくら大王の力をもってしても、人の心を好き放題にすることは絶対にできないことを示す覚悟です」
二人は短刀を抜き、首の近くまで持ってきた。いつでも首を切って死んでしまう覚悟を見せつけたのだった。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。