「この女の子、お宅のお嬢さんですか?」加賀は刑事の睨みを利かし尋ねた。
「はぁ、うちには娘はいないけど」
まんざら噓でもないらしい表情で答えながら、
「これって、みよこちゃんじゃないの?」
と加賀と初めて視線を合わせた。
幼稚園の先生たちは皆、顔が写っていないからわからないと答えた写真だが、この男といいパチンコ店の男の子といい、なぜみよこだと言い切ったのか加賀には見当がつかなかった。
「どうして顔がわからないのに、誰だかわかるんですか?」
半ばやけくそになった加賀は少し大きな声で言ってしまった。
「だって、あの子いつもこの服しか着てなかったから」
刑事の大きな声に押されたのか、店主は申し訳なさそうに呟いた。捜査に感情を持ち込んではいけないと我に返った加賀は、幾分落ち着いた声で表情筋を緩ませながら
「この子のご両親をご存知ですか?」
と尋ねた。
だが、加賀が期待する答えは返ってこなかった。みよこは夕方近くになるとこの店に顔を出しニコニコ笑いながら、
「おじちゃん、おなかが空いた」
と言うので店主は可哀想に思い、いつも焼き鳥を一本だけ与えていたと話してくれた。家がどこなのか、両親がどんな人物なのか知らないと店主は言っていた。
店内は仕事帰りのサラリーマンで混み合い、話し声が喧騒(けんそう)に変わり始めた。サラリーマンの家庭持ちはすぐに家には帰らないのだよ、と昔母親の君江が洩らしていた。
スナックを経営している母の独りよがりだと子供の頃は思っていたが、刑事とはいえ組織の中で働くという点では、彼らと何ら変わりはない。上司の愚痴や同僚の妬みをどこかで捨てていかないと家には帰れない、と嚙み殺したような彼らの声が聞こえてきそうだった。
くたびれた背広に家族を背負い、安物の腕時計は子供の頃の夢や希望を時間とすり替え、彼方へ持って行ってしまった。
彼らは自分の悲鳴を身内の者や、同じ会社の者には聞こえないようにしている。だからこうして背広に焼き鳥の匂いが染みつこうとかまわず、煙の中で安い酒を飲み、見も知らぬ人間を摑まえては、自分の置かれている立場を訴え、同情を物乞いのように欲しているのだ。
民主主義の日本に国民の階級があるとしたら、ここにいる人間は何になるのだろう、と考えながら加賀は時計に目を落とし時間を確認した。針は七時を回っていた。
そろそろ署に戻らなければいけないが、みよこの鞄が頭に浮かび邪魔をした。事件性のないこの事件に首を突っ込んでいる自分は何がしたいのか、と自問自答しながら署へと足を向けた。
次回更新は1月26日(月)、21時の予定です。