言葉のサラダ
やっぱり髪を束ねてくればよかった。夏海(なつみ)はコンビニを出た瞬間、汗で首筋に絡みつく長い髪を一つにまとめながら思った。西日が強くなりかけた時間帯、息を吸い込めば肺までも熱気で溶けそうになった。
サンダルのヒールがアスファルトにのめり込んでしまいそうだな、と馬鹿げたことを思いつつ歩き出した。
その時、前から見覚えのある顔がやってきた。仲良さそうに手を繫いだ学生のカップル、よく見ると女の子の方は夏海の娘沙耶(さや)だった。
沙耶は夏海に気がついたとたん「お母さん」と声をあげ、気まずさと誇らしさが混ざり合った表情をした。逆光が全てを支配しそうな夏の夕暮れ時、二人の影は寄り添う小山のようだった。
「誰この子」
夏海は不機嫌な顔で傍の男子学生を見た。
「東(ひがし)高校の中井徹(なかいとおる)君」
沙耶は笑顔で答えた。中学二年生になってやっと見つけた彼氏のようで、沙耶の声は普段とは違って少し可愛らしく感じられた。
「ふん、あんた偏差値いくつ」
この暑さだけでも不快なのにと感じつつ、夏海はもう一つの不快な存在を睨(にら)みつけ言った。
高校の名前を出して嫌な顔をされたことがなかった徹は、夏海の態度に疑問を持った。
「入試の時は六十二でしたが、今は六十ぐらいだと思います」
徹の低く落ち着いた声は、夏海を少しばかり威嚇(いかく)しているようだった。
東校といえば県内の進学校で有名だ。あの進学校内で偏差値が六十ならたいしたものだと夏海は思ったが、そんな素振りは見透かされぬように注意して会話を続けた。
しかし、徹はどこからどう見ても進学校の生徒には見えなかった。夏の日差しを照り返すほどの金髪の髪、耳には数えきれないほどのピアス、そして耳に付けたピアスからチェーンが伸び、口元のピアスと繋がっている。
「へぇ、そんな格好で学校は何にも言わないの」
「はい、何も言われません」
受け答えは外見とは反対にきっちりしている。顔をよく見れば整っていて利口そうだと夏海は思った。
夏海は娘の交際相手には厳しく口を出す。娘の沙耶は幼稚園から大学まである女子校に通わせている。幼稚園から現在まで男子とは無縁だ。へんなムシが付いては困る、それが日頃からの夏海の心配事の一つだった。その愛娘(まなむすめ)が金髪の男子学生と手を繫いで歩いていた。嫌な感じがしたのは事実だが思ったよりはまともで少し安堵していた。時間はすでに四時を過ぎているだろう、肩に当たった日差しが痛く感じる。
「晩ご飯までには帰ってきてよ」と夏海は沙耶に向かって声をかけマンションへと戻った。