【前回の記事を読む】「退院……できるんですか?」——医師の言葉を聞いて、彼女は目を輝かせた。しかし、医師は(期待させすぎたかな…)
第三章 噂
まさ子自身、透の今の状態で、すぐに退院できるとは思っていなかった。それでも「退院が視野に入った」という言葉がうれしく、それにすがりたくて、信じようと思った。
まさ子は幹雄に電話を入れ、二人部屋に移ると決めたことを話した。
「なんですぐに返事をしたんだ? どうして一人で決めた?」
幹雄の声は不機嫌そうだ。
「だって……二人部屋か八人部屋かって言われて。私、もうあのリカバリー室みたいなところに透を入れたくないの!」
そう言うと、幹雄は一瞬黙った。幹雄にとっても「あの」リカバリー室は我慢のならない環境なのだろう。
「わかった。一日五千円だな? 金の方はなんとかする」
電話を終え、病室の前の廊下にまで戻ってきたまさ子は、一台のストレッチャーが出てくるのとすれ違った。同部屋の高橋充だ。
病室に入ると、充のベッドのシーツが外され、清掃が入っている。
「充くんも移動? じゃ、一緒に二人部屋かしら」
高橋充は半年ほど前に同室に入院してきた。充も透と同じく脳挫傷だが、透のように意識
がすぐには回復せず、しばらくは人事不省の状態が続いた。意識が戻ったのは、三ヶ月も経ってからだろうか。
それからも寝たきりで、リハビリも、病床でのマッサージを行う程度だった。母親は面会時間終了ギリギリに来ることが多く、いつも疲れた顔をして、ナースたちにも、まさ子ら同部屋の患者家族にも、「すみません、すみません」と謝ってばかりいた。
(もし充くんと同部屋になったら……)
あの母親が入ってくるなり「すみません、すみません」と謝る姿が頭に浮かんだ。
(できれば違う人がいいな……)
選り好みできる立場ではない。が、本心を言えば、気疲れしそうな相手である。ただでさえ透の世話で精一杯なのに。まさ子はちょっとでも煩わしいことから逃れたかった。
透が訓練室でリハビリをしている間を利用してベッド周りを片付け、同じ棟の二人部屋に荷物を持っていく。新しい病室に入ると、もう一方のベッドにはカーテンが引かれていた。
「今日からよろしくお願いいたします。城田と申します」
まさ子が誰にともなく声をかけると、カーテンがシャッと開いた。