遍昭の本来の歌風は、どちらかというと軽妙な明るいものであり、機智に富んだ次の二首が気に入っている。
蓮葉(はちずば)のにごりにしまぬ心もてなにかは露を玉とあざむく
(蓮は濁った泥水に染まらない清浄な心でありながら、なぜ露を玉と偽るのだろうか)
法華経に「世間の法に染まらざること、蓮花の水にあるがごとし」とあるのを典拠としている。自身が高僧でありながら、仏の心の象徴である蓮を素材に戯れるところが大胆だ。
花の色は霞にこめて見せずとも香をだにぬすめ春の山風
(花の色は霞にこめて見せなくとも、せめて香だけは盗んで運んできておくれ、春の山風よ)
若い頃は深草少将と呼ばれ、小野小町との恋物語を残した。
ハンサムなだけではなく洒脱明朗な男で、出家後も小町と飄逸(ひょういつ)な問答歌を交わしている。
石(いそ)の上(かみ)に旅寝をすればいと寒し苔の衣をわれに貸さなん 小野小町
返歌 世をそむく苔の衣はただ一重貸さねば疎しいざ二人寝ん
石上寺に遍昭が居ると聞いた小町が、「寒いから黒染めの衣を貸してほしい」と挑発。
それに対し、遍昭は「一枚しかない衣、お断りするのも失礼。いっそ二人で寝ましょう」と返している。
小倉百人一首
天つ風雲のかよひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
(天を吹く風よ、雲の中の天上への通い道を閉ざしておくれ。天女たちが舞う姿をしばらくここ
に引き留めておきたいから)