棟梁が、ゆっくり、うなずく。
「離宮の空間は、一日の時の流れ、一年の季節の流れ、百年で朽ちるものや、変わらない悠久を、五感と五体全部で感じるようにできているんでしょうね」
「棟梁さんの手掛けるお寺や神社が信仰の世界だとしたら、ここは仙人が棲むような、仙境の世界なんでしょうか?
桂離宮をつくりはじめた智仁親王は、豊臣秀吉の養子になりますが、秀吉に子どもができてしまったため縁組を解消して、八条家が興されたそうです……たぶん、えげつない政治や経済とは無縁の、理想郷を設計したんじゃないでしょうか」
「ここは、その時代のひとたちの、仮想現実なの?」ジョージが言葉を現代化する。
「天正の時代にコンピューターはありませんが、自然の要素を人工的に配置し直して、夢の世界をつくったとは、考えられますね」
「シンボルとパターンで構成されているんでしょうか?」
「シンボル……そうですね。単に草ぼうぼうのままあることを自然とするのではなく、山川草木、花鳥風月のありさまを削ぎ落として、ひとの間で伝わり合う記号にする。それを再構築して、より純粋な自然の真相に近づきたいと思うような、パターン……うーん、美意識でしょうか」
棟梁が少し考える。
「なんというか……私らの世界では、〈作法〉ですかね。自然の道理にかなった」
「ああ、効率にしたがうと、パターン。自然にしたがうと、作法なんですね!」
ジョージは、彼なりの言語モデルを進化させている。
「ちょっと、動かしてもいいですか」
棟梁がシュウトくんからPCを受け取り、さくさくと画面を動かしていく。
「モチーフは桂離宮の、特に賞花亭ですね」
「そうです。質素な感じが好きで」
「書院は、ないんですか?」
「はい。僕らには、お茶屋だけで充分です」
「庭もかなり、こぢんまりしています」
「少人数の秘密基地みたいなものなので、空気が醸し出せるだけのスケールがあれば……」
「あれ? あなたの賞花亭。この下地窓は、笑意軒から持ってきてますね。竈と炉は、松琴亭のつくりかな。延べ段はどこだ? 月破楼か。これは桂離宮オールスター・パーツだな!」
桂離宮は、探幽、光悦、遠州の噂もありますが、17世紀の錚々たる文化人が八条家三代のもとに集まって、とんでもないものをつくったわけですよ。石の置きかたひとつにしても……それを、滅茶苦茶に解体して、切り貼り編集してますな。うーむ。
次回更新は1月28日(水)、11時の予定です。
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