発症時、私はSTとしての知識と経験を持っていたので、多くの一般の方が感じるような絶望や将来への不安や混乱状態を感じることはあまりありませんでした。かえって私なりの条件で実現し得る将来への希望や期待を持っていました。

確かに、悔しく悲しく辛く寂しいけれど、発症してしまった事実は事実であり過去に戻ることはできないので仕方がないと受け入れ、人生を揺るがすこのような大病を自ら経験することにより、同じ領域を研究する私以外の専門家が決して学ぶことができない深い学びを自ら会得できる好機と捉え、

これまでどんなに理解しようとしても知ることができなかった高次脳機能障害者の住む世界を学べる願ってもないチャンスと認識し、研究者としても当事者としても障害を理解しこれまで解明されてこなかった部分に光を当てられるかもしれない、という今後への期待に胸を躍らせたものでした。このような肯定否定両面の思いが交錯した気持ちで当事者生活を始めました。

大事なことは、状況は異なれど私の経験や考えが今まさに病気に直面している当事者やご家族、本領域の研究者などのお役に立つならば、本書から参考になりそうな情報と希望をわずかでも得ていただきたいという率直な願いが通奏低音のように常にあったことです。

おそらく、脳卒中から回復した人の中で、この私の背景と視点はかなり珍しいものかと思います。

それが、57歳時の脳卒中発症後15年も経ち、その当初の経験が古びてしまった今の私でも、読者の皆さんの生きる力や励ましとなり得るのではないかと思い、本書出版を決意した理由です。

回復過程での苦労話をまとめた「闘病記」とは若干異なる「未来に向けてのテーマ」を共有しそこから学ぼうとしてくださる脳損傷のご本人やご家族・支援者を対象に据え書いてみます。

そして、私が実践してきたこと・未来に向け気づいたこと・学んだことや伝えたいことを明るく建設的に書き進めていこうと思います。


(1)北尾倫彦、中島実、井上毅ほか:第5章「感情と動機づけ」IN『グラフィック心理学』サイエンス社、p128, 1999

 

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