【前回記事を読む】失語症の方が自主的に社会に出て、対人交流と経験を重ねることが「当たり前の生活を取り戻すこと」につながる
第一部 社会に飛び出せ ―数奇な私の人生―
Ⅱ. 失語症者の「当たり前」を取り戻す
当事者セラピストとして
発症後全身状態が落ち着いてからも心臓の不調が続き、頻繁に体調不良に陥ったため発症10年後の2019年10月、ようやく心臓の治療を本格化させました。
それまで手術を決行しても生命予後の危険性が高いと敬遠していた、「アブレーション」という不整脈を起こす心筋を焼く手術を受けることにし、それも結果的に二度も受けることになったのです。
2020年3月、その2回目では術前に短時間ながら意識消失発作が出るなど不調なうえ、術中心臓が十数秒間止まり、結果的にペースメーカー植え込み手術をしたほど大きな健康不安を抱える状況になってしまいました。
このように、死と隣り合わせで宙ぶらりんの状態で生かされたわけですので、自分の病気の正体を悟った私としては、かなり真剣に今後の生き方を考えざるを得なかったことになります。
そのため、「罹患した脳梗塞は生存率が最低で予後最悪のタイプの心原性脳塞栓症であり、しかも一旦脳卒中に罹患したら発症前の心身状態に完全に戻る『完全回復』はほぼ期待できない」と言われていることを知りながら、生き残った意味を考え、できる限り社会参加しつつ、また自分からも情報発信しようと考えました。
しかも、いつなんどき再発するかわからず、命が終わるかもしれない危険な状態なのです。発症後しばらくの間、このような厳しい状況から不思議にも生還した自分について、いくつかの「哲学的な問い」で自問自答した時期がありました。
当時の私の心理状態はアメリカの心理学者アブラハム・マズローの「5段階欲求説(1)」によると、最初の2段階の生理的欲求と安全欲求が満たされ、3番目の社会的欲求を通過し、4番目の承認欲求の段階をうろつき、最上位段階の自己実現欲求の淵をフラフラしていたのかもしれません。