彼のとなりに座る女が注射針を腕に埋めたまま細い肩をすくめじっと固まっていて、針先の皮膚が引きつれて動く。
「ありがとうリッキー、大好きよ」
そう言って彼女は流しの明かりをつけたリッキーにそのシリンジを渡しキスしようとしたが避けられて、「クソ野郎」と小声を漏らし彼をにらんだ。
「ねえヒカル、そんなレンタルビデオもう止めてさあ、こっちおいでよう。それキョーヤに返しといてくれれば貸してあげる。知ってるでしょイーストサンライズのジャパニーズマーケット。去年の紅白と月9の連ドラもついでに返しといてよ。ああちょっとダメ、彼女ダーリンに逃げられてやけ起こしてるだけだから。そっとしときなよってアンタ、そいつらにスペイン語で言ってやんな」
部屋の角隅で片方の張った乳房をはだけたまま、青い瞳の赤ん坊を抱いてうなだれる知らないオリエンタルの女性は、二人のラテンの男に首筋や耳の裏側に優しく息を吹きかけられている自分に気づいていない。
リッキーはそれを無視してメグという年増の女が持ち込んだサイケデリックなファンクミュージックに音楽を変えた。『ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ』の軽快なリズムとエレキギターの音が、部屋の霞んだ空気の中で弾けるように響き始める。
フロアスタンドの明かりは光ではなく影を振り撒き、ガムの銀紙が指先で肌色の像を映す。その向こう側には滑らかに流動する磨りガラスを透かしたような背景がある。