時計を見、「只今亡くなられました。時刻は16時15分です」
とうとう利恵子が死んだ。
享年74歳、早過ぎる死だ。
即、息子に電話した。
長く感じていたが、死ぬ時は呆気なかった。死亡日時 11月22日(金)16時15分。利恵子が息を引き取る前から1時間以上ずっと手を握っていた。
闘病中も苦痛の表情は比較的少なく、(と言っても外から見た者がそう思うだけで、本人はとても苦しかったと思う)穏やかな死に顔だった。
SPO2が急激に下がり、40、30から20、最後は0になった。
眉間に皺も無かったし眠る様に死んだ。
それにしても、矢張り呆気ない。
利恵子は長く持ち堪えてよく頑張った。私の母親と同じ位品位ある我慢強い女性だった。
もう永遠に言葉を交わす事も出来ない。涙が溢れて、溢れて止まらない。
もう私は利恵子のような素晴らしい女性と2度と出会う事は無いだろう。
最後に、はっきりと、矢張り神仏は存在しないのだな、と思ってしまった。でも、神仏に祈るのは現世のご利益を求めるのではなく、人の為に祈る、煩悩、欲望を断ち切る為に行なう行為だと、何かの本に書いてあった記憶がある。
そうかも知れないな。
それでも神仏は存在しない。
少なくとも、神が病気を治してくれるのなら人間は永遠に生き続ける事になる。宗教とはそんなものでは無いのだろう。
やけに冴えた頭でそう確信する。
月並みだが、兎に角、人の命は儚いものだ。何か悪い夢を見ているのではないのか、とも思う。
でも、これが現実なのだ。
現実は不条理で残酷だ。
この記録が完成したのは。2025年7月16日。利恵子が存命していれば74歳の誕生日の1ヶ月後だった。
江藤淳という文芸評論家が、愛妻をがんで亡くして、生きる意味を失い、彼が自死した経緯を「妻と私」というエッセイに書き表している。
今の私の心境もほぼそれに近い。
けれども、この利恵子との闘病記録を残し、しっかりと心に留めて利恵子の為にも、勿論私自身の為にも何とか生き抜いて行こうと思っている。
浅虫温泉の旅館で写した妻の笑顔の写真を生きる心の支えにして。
完
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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