【前回の記事を読む】入浴中もすぐに取れるよう近くに置いたスマホが鳴って、病院からだった。…「妻は今度こそ、もう駄目だ…」
妻の笑顔
・最期の2日間
11月21日(木)
夜22時半過ぎにやっと息子が来た。
山中先生と3人で話す。毎回同じ内容。全身状態が悪く、いつどうなっても不思議では無い、後は利恵子の生命力、自力で何処迄頑張れるか?
息子は病院で泊まり、私は天理駅前の東横インに泊まる。
色んな事を考えるが何も纏まらない。
混乱状態だ。いよいよ利恵子とお別れだ。
11月22日(金) 10時30分
つい先程(10時13分)山本看護師さんが部屋に入って来て言っていた。脈拍を取っても薄い、呼吸も浅い、最早、各種の機能も測定機では測れない状況。
目視でしか確認出来ない状態との事。
看護師さんに教えて貰って、利恵子の脈拍を指で触ったけど全然分からない。指の爪も普通はピンク色なのに、白くなっている。確か、チアノーゼとか言うのと違ったか?
呼吸も間隔が狭く、大きく深呼吸して肩で息をしている様な感じ。幾ら息を吸っても吸い足り無い、酸素が取れていないのだ。自発呼吸がしんどくなって来ている。
確かに今度は近いと確信する。
私の感じでは今日こそ山場だ。けど、いつになるかは分からない。
息子も今日はこのまま病院に留まるかどうしようか迷っている。
私は彼が、仕事が忙しくて大変だと言っているので、今日は一旦会社へ行け、何かあったら即電話するからいつでも取れる様にしておいてくれ、と言うと「分かった」と言って病院を出てそのまま会社へ行った。
11月22日(金)17時50分
昨夜は私が天理のホテルに泊まった。夜中は殆ど眠れない。
午前中は利恵子のベッドの横に椅子を置いて、何回も手を握っていた。
昼からも15時過ぎから手を握りっ放し。16時過ぎた頃、胸の上下動が分からない位になって来た。
モニターのSPO2が一気に50、40、30、20と急降下した。
これはあかんと思いナースコールを押そうと、立ち上がって押しかけた時、山本看護師さんがやって来た。
「私もモニターを見ていました」
看護師さんは担当医に知らせに行く。
声を出して泣いているところに、山中先生が不在だったので、代わりの女医さんが診察してくれて、利恵子の胸に聴診器を当て、心停止を確認してから死亡宣告をした。