【前回記事を読む】日常では下唇を噛んでまでヴァンクーヴァーなどと発音しないし、発音したところで嫌みか変人にしか思われない。
序章 目に付く鱗
楽聖の誕生
そもそも芸術、もっと正確に言えば芸術概念が生まれたのはそんなに昔ではない。我々はモンテヴィルディもJ・S・バッハもモーツァルトもベートーヴェンも皆芸術音楽だと思っている。
ところがこの中ではベートーヴェンのみが、芸術音楽という概念が存在する時期に活動したぎりぎりの作曲家だ。だから他の三者の音楽は芸術音楽ではなかった、と言うことも可能だ。
もちろん現代からみれば、どれも芸術の典型みたいな音楽で、そんな馬鹿げたことを言う人はいない。だがこれは意外と重要なことを意味している。
あのベートーヴェンの顰(しか)めっ面をして作曲している姿は、それ以前の作曲家にはほとんど見られない。そんな時間は与えられないことが常だったし、時間をかけて悩んでいたら作曲家としてやっていけなかった。
だからモーツァルトの才能とベートーヴェンのそれは、時代が要求したものでもあった。求められる能力がこの短い間にがらっと変わっていた。
またベートーヴェンという才能もこの時代を急速に加速させた。言葉を替えればベートーヴェンは曲をベートーヴェン側から能動的に提供したのに対して、モーツァルトまでは曲を依頼され受動的に提供した。
必要な時に必要な音楽を提供するのが作曲家の役割だった。だからモーツァルトの少し前頃から誕生したソナタ形式なるものは自動楽曲作曲装置みたいなものだった。作曲家は各パーツをこの装置に入れれば曲は完成した。
このソナタ形式の使用もこの時代の作曲者によって癖のようなものはあっても、後のベートーヴェンのように一曲一曲工夫する必要もなかった。また雇用形態も、ベートーヴェンに至りフリーランス的なものに変わっていった。
芸術音楽家の誕生だ。このようにして一九世紀全体を通して、概念としての芸術音楽が育まれ、作曲家を神格化する現象も現れた。その代表とも言えるのが楽聖なる概念で、清く正しく美しく音楽に身を捧げた音楽における聖人だ。