父は読売ジャイアンツファンで、巨人が試合に勝つと大いに喜んだ。Nさんが好きでいつも応援していた。逆に巨人が負けそうな試合の時には、父が八回裏で
「テレビを消せ」と言う。
私は最後まで見たいのだが、父は完全に巨人が負けるとわかる試合は決して見ないのである。ファンとしては負ける姿を見たくないのであろう。
父のお陰もあってか、私は現役時代のNさんとOさんがジャイアンツで大活躍する姿を、リアルタイムで見る事が出来た。そして
「私は今日引退をいたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です」
をテレビにかじりついて見入った。球場中が満員のお客さん達の歓声で埋め尽くされていた、あの光景をテレビで見られた事は幸せである。
その後も監督となったNさんが、ベンチから立ち上がってホームランを喜ぶ姿を見ると、私も嬉しくなって応援した。
そして一番感動したのは二〇二一年(令和三年)七月、コロナ禍で一年延期となった東京五輪の開会式。国立競技場に今再び聖火ランナーとして、NさんとOさんが元メジャーリーガーの選手にサポートを受けながら、聖火を繋いでいる姿を見る事が出来た。
Oさんに声をかけられながら一步一歩聖火を繋ぐNさんの姿は、我々に勇気と希望と誠実と真実を伝えてくれた。私はその姿に心が熱くなり、涙が流れた。この姿こそ、未来の子供達、若者達へ、世界に飛翔する事を僕は応援しているよ!というメッセージが込められた、ミスターの姿と言えよう。
土曜の夜八時はあの有名なバラエティ番組。私も含め多くの日本の子供達は、この番組を愛し時を共有し合った事であろう。私は午後七時五〇分にはお風呂も夕食も、ハミガキも全て終わらせ、パジャマにカーディガンを羽織りテレビの前に正座していた。
〇トちゃんからのエンディングのメッセージに対して、私は「お風呂に入った、頭も洗った、歯も磨いた。宿題は明日やる。また来週!」
と指折り確認して、テレビに向かって元気にバイバイをして楽しんだ。形は違えど日本全国津々浦々、子供達は同じ気持ちで番組を見ていたであろう。
なぜこの番組にこれだけ子供達が夢中になれたのか? それは今と違ってテレビ以外の娯楽がなく、また録画も出来ないのでリアルタイムで見るしかなかったからだろう。今のように土曜日の夜八時に街が明るく、コンビニやスーパーが開いているわけでもなかった。
しかし、それだけの理由であの50・5%という最高視聴率を叩き出せたのか?
否、あれは彼らの「人間力」に子供も大人も魅了されていたからであろう。更に各々の名前がインパクトが強く、親近感を得ていた。
名は体を表す、と言うが、子供達の日常の会話の中で、彼らメンバーの名前は覚えやすく、かつ話をしていて楽しかった。まだ暗さが残る昭和の日本に、明るさと楽しさと勢いをくれた、ユーモア溢れる芸術的な名前の人物達であった。
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