「あ……あの……そのぉ……」
僕も先輩も、顔を真っ赤にして互いを見つめ合った。
「なっ、なんでもないです! 行きましょう、先輩!」
僕はいてもたってもいられなくなり、先輩に背を向けた。
顔が熱い。さっきまでうるさかったセミの声が、心臓の鼓動にかき消されて、ほとんど聞こえない。
「あっ……その、私……」
そんな僕に、先輩は何かを告げようとするが、なかなか言葉が出てこないようだった。しばらく間を置いた後、先輩は僕の背中に抱き着いてくる。
「え? ちょっ……」
突然の出来事に振り返ると、そこには耳まで真っ赤にして目を潤ませた先輩の顔があった。
「先輩? 熱いんで、一旦離れてもらえると……」
「……んし」
「え?」
「禁止。その……先輩って呼び方」
先輩はそう言うと、コンビニの袋を掴み一目散に走り去っていく。僕はただ、それを見送ることしかできなかった。
気づけば日も落ちかけており、僕は家路を急いでいた。途中コンビニで晩飯を買うと、気持ち早歩きで家に向かう。ここからアパートまではそう遠くないが、今は兎にも角にも、早く帰りたかった。
「やっぱアレ、怒ってるのかな……怒ってるだろうなぁ……」
アパートに着き、自室の扉を開ける。
「あ……」
中は、飛び出した時のまま。飲み干した酒の缶や、くしゃくしゃに丸めた原稿用紙が散乱していた。
「……結局、一文字も書けなかった」
それに……頭の中に触り心地の悪いものがへばりついている感覚。
とりあえず僕は、ベッドの上にあるものをすべて片付け、眠りについた。
数日経ったある日。
突然の豪雨で、道が冠水するほどだった。
「あぁもう、ぐっしょぐしょ……どうすんだこれ」
僕はやっとの思いでアパートにたどり着き、上着に付いた雨水をはたき落としていた。すると僕の郵便ポストに封筒が一通挟まっているのを発見する。それには、家賃延滞の請求書が入っていた。
「カネなぁ……」
最後の頼みだったアルバイト先もクビになり、貯金も底をついていた。延滞した家賃を一括で払えるほどの余裕はなかった。
携帯電話の着信音が鳴る。
知らない番号だったが、声を聞いただけで、誰からの着信なのかわかった。
ぶっきらぼうだが、ほんの少し優しさの音が混じった声が電話口から聞こえてきた。
「よお、元気か」
「大田さん! 以前は、どうも。何かありましたか?」
「何もなかったから心配になって電話かけたんだろうが」
電話の向こうで、大きなため息が聞こえる。
「坊主、今どこだ?」
「どこって……僕の家ですけど」
「ちょっと待ってろ、すぐ行く」
そして電話は切れた。
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