従って、大宰府を預かる者として、海上交易を独占乃至(ないし)は、阻害する要因に関して、留意を払っていたし、彼ら、北方の夷狄の倫理規範や行動基準が、純友や将門のそれと変わらぬ〝権威ではなく実力〟が支配の源と言う事に、留意を払っていた。
彼等が、何時、返す刀で、こちらに向かって来ないか、その備えだけは、自らが当地を治める時間に於いては、疎かにすべきでは、ない。と考える人間。
左遷されて(流されて)着任した役所、しかし、それは、それで、正統の後継者に足る自身が、徒や疎かにすべきではなく、与えられた職責の範囲で最善を尽くす。
それが、権威の末裔を自認する、源高明の本性でもあった。
しかし、一方で、自身の限界も冷静に判断し、ここに居る部下の能力を正確に厳密に、判断し、使い切る事で、自らの至らぬ点を補う。その様な自身の能力の限界に対する冷徹さも、持ち合わせていた。
故に、今、都を支配している〝情〟に溢れ、如何にして権威に縋(すが)り、権力闘争に明け暮れている輩が造る文化には、今一歩、得も言われぬ違和感を持ってもいた。
彼(忠賢)の太刀の修繕が終わった、という知らせが、百足を介して齎されたのでマムシの作業場の許へ、急いでいた。其処には既に、十二分の木炭が、雨に濡れず、地面からの湿気の影響も受けない形で保管されていた。
そろそろ、百足の山歩きの作業(炭焼き)は、本格的な夏前に終わりを迎えていた。
しかし、マムシは隠岐へ流されていた藤原千晴からの太刀製作の依頼に、既に取り掛かっていた。
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