秋。政策

着任後十月が経ち、大宰府では高明以下、従六位下以上。

今風に言えば、三等官以上の地位であった、監(じょう)から上の幹部部下が、半島から帰ってきた対馬の国主長峰某から、対外情勢の講義を受けていた。

長峰曰く「彼の地に正統は無く、力の強弱が全てでございます」と言う行(くだり)から始まる。

奏上文が、高明を代表とする、日本政権(大宰府の主だった連中)に対して読み上げられて、この講義は、始まった。

この人物は、日本に帰依(帰化)しているとは言っても、元々百済からの渡来系であった事は、予め高明の記憶に在ったので、彼の講義を真に受けて、驚く様な事は、無かった。

しかし、一点、北方の渤海を滅ぼした契丹人による〝遼〟という国が、高麗に逡巡していると言う行(くだり)は留意した。

当地に赴任後、日頃から傍(かたわら)に侍(はべ)らせている女共の、夜言や讒言(ざんげん)のうち、彼は、元々、松浦党を始めとする〝倭寇〟とか、藤原純友が瀬戸内で〝海賊〟と呼ばれていた、漁民の末裔の妻や娘、館に侍るそれらの童も、その中には少なからずおり、彼女等からの言葉(事実)は、記憶に留めていた。

未だ彼にとって、藤原純友や平将門の執った行動や言動、その理屈は、真新しい概念であった。