「ただいま」

「おかえりなさい。蒼斗、何か良いことがあったの?」

靴を脱いでいると母さんの声がリビングから聞こえてくる。

「え?」

「陽気な声だもの、分かるわよ」

「そんなことより今日の夕食何?」

母さんは俺を一目見ると軽い微笑みを浮かべる。

(あなたの照れ隠しの仕方はいつも同じ)

心の声が聞こえてくるようだ。こんな毎日がずっと続けばいいな。俺も自然と微笑む。トントントンという包丁の音が軽快だ。

「何か手伝おうか?」

「そうね、冷蔵庫の卵を二つボールに入れてくれる?」

「オッケー」

母さんは俺をチラッと見てそっと笑う。

「見ててよ、俺の得意な片手割り」

二つの卵をぶつける。綺麗に割れた卵を見ていると吸い込まれそうだ。揺れる卵がゆっくりと動く。俺の願う「普通の日々」は昔から何一つ変わっていなかった。俺の感じ方、捉え方が変わっただけだ。このことに気がつくと、とても嬉しくなり、頼まれていないのに無心に卵を溶いていた。

いつものノイズを一緒に溶かしているようだった。

 

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