仲良しグループの一人、幸子は男子からラブレターをもらったことを告げて、皆をうらやましがらせたが、

「それでどうした?」

と聞かれると、

「漢字の誤字が多かったから、直して送り返した」

と言って、皆を安心させた。

田舎の学校では女の先輩や周りの目が気になり、男子と自由に会話を楽しむことや、行動にはなかなか至らないのであった。

大人の社会へと踏み出した子供にとって、地域社会の規範からも、影響を受けていた。

大人たちの会話の中に、

「あいつは外れ者だから」

という文言が出てくることがあった。

「外れ者」

この地方は江戸時代、旗本などの権力が複層して強固な支配が敷かれなかったため、幕末期には浪人や侠客、博徒などが横行していた。

そうした彼らと一般民衆とを区別する蔑称(べっしょう)として、「外れ者」の名称が定着し、それ以降も共同体の規範から外れた者に対する、有形無形の圧力として残っている言葉であった。

町を歩けば見知っている者が多い地域社会で、突出した振る舞いをしてはならないという目に見えないしがらみが、成長過程の子供にも影響していた。

女の子同士の駆け引きもあった。

芳子の従兄が通っている高校の文化祭に、誘われて行くことになったが、いつも一緒に行動する、仲間の幸子が来ていないことを不思議に思い茂子に聞くと、

「幸子ちゃんは可愛いから、芳子が呼ばなかったんだよ」

と囁いてきた。

高校の文化祭に行けるという楽しみで、気分を高揚させていたが、芳子の企みに気づかされ、屈辱を覚えることになった。

後に、大学生になった当初、それまで共学で過ごしてきたにもかかわらず、

「本庄さんって、女子校出身でしょう?」

と同級生から、言われたことがあった。

それは男性の個性に目をむけず、異性というくくりで見ていた千津の態度が、異様なものと見透かされていたからであった。

女の子同士でひそひそと、体の話をすることもあった。

その後、アンネナプキンが販売されるようになり、生理の時には随分便利になったが、それでも体育の授業などでは、失敗しないよう常に気をつけなければならず、生理は面倒で鬱陶しい以外の何物でもなかった。

自転車に乗って出かけ、サドルが当たった時の股間の感覚は、千津がそれまでに感じたことがないものだった。

 

👉『海の梵鐘』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】翌朝「僕はどうだった?」と確かめると、「あんなに感じるものなのね。昨日の夜は初めてとろけそうなくらい…」と顔を赤くして…

【注目記事】母さんが死んだ。葬式はできず、骨壺に入れられて戻ってきた母。父からは「かかったお金はお前が働いて返せ」と請求書を渡され…