【前回記事を読む】先生は放課後、家までやってきて、また勉強を見てくれた。どういうことだろう。自分だけ贔屓されているのではないか…

「もはや戦後ではない」

放課後の、先生の出張指導は三か月ほどで終わった。兄の洋平が、

「俺のおばあ(妹)の所に、担任が勉強を教えに来ている」と、麻雀仲間の、中学校の教師に話をしたのであった。

 

中学校には図書室があり、書棚にはほこりっぽく古びてはいるが、沢山の蔵書が並んでいた。

まだ読んでいない面白そうな本を前にして、千津は、体のしんがゾクッとする、

震えるような感覚を味わっていた。

小遣いを貯めては、町の小さな本屋に立ち寄り、「アンネの日記」や「チボー家の人々」「ジャン・クリストフ」等の本を買い求め、自分だけの本が増えるのが楽しみとなった。

読書だけでなく、中学で習い始めた英語や日頃、ラジオで親しんでいるプレスリーやポールアンカなどのアメリカンポップスや、映画などから未知の世界に興味をもつようになり、憧れを抱くようになった。自分もやがていろんな国に行ってみたい、外国の人たちとも話をしてみたいと思った。

中高生の間で流行っていた、文通相手を求める「郵便友の会」に入会して、ニュージーランドの女の子に手紙を書いてみたが、英語力がないため、長続きしなかった。

それでも将来の自分を想像して、夢が膨らんだ。いつかこの小さな町を出て、今とは別の自分になってみたい。

映画やテレビに出てくる東京さえ、一度も行ったことのない千津にとっては異郷の地だった。白煙をなびかせ西へと向かう汽車を眺めては、その進む先には沢山の夢が埋まっているのだと想像した。

両手を顎の下にあてボーとしていると、友達の芳子や茂子がそれを見て、

「千津ちゃんは、ちょっと変わっているね。気取り屋だよね」

と言って、馬鹿にした。

千津が教室を出て、手洗い場のある長廊下を通っていた時だった。隣のクラスの男子が数人たむろしていた。その中の一人が突然、「おーい千津、常次がお前のこと、好きだってよ」

と呼び止めて、声をかけてきた。

常次は、陸上部に所属する小柄な男子である。すると別の男子が、

「常次より千津の方が、背がでっかいぞ。どうすんだ」

と冷やかした。

今度は同じ陸上部の子が、

「なーに、寝てしまえば、そんなのは関係ねえもんな」

と言って、常次に同意を求めた。男子たちはけたたましい声を出して、笑いあった。

千津はびっくりし、急いでその場から駆け出した。

男子ってなんていやらしいのだろう。男子が自分のことを、女としての肉体を見ていたなんて、今まで考えてもみないことだった。身震いする思いでいっぱいになった。

女の子同士で、好きな異性の話をすることはあった。

「千津ちゃんが好きな男子は?」

と聞かれて

「トラック一台分位いるよ」

と答えてあきれられた。

実際、興味のある異性は同学年や先輩の中に、沢山いたのである。小学校からの同級生である、男子を見る意識も変わってきていた。

でもそれは外見などから好ましく思っているだけのことで、他の女の子たちと同様に実際に話すとなると、殊更、ぶっきらぼうな言葉遣いで対応するのだった。