二〇〇七年(平成十九年)十月十七日

米国公文書館、文書記録管理局(NARA)の新人分析官、ステファンベルグ・祐子は、その日、フィラデルフィア分館の地下倉庫に埋もれていた奇妙なアルミ製のフィルムケース一巻を発見した。

それは、太平洋戦争中の日本人の暮らしぶりを全国十三の地域で撮影した総尺七十分ほどの未公開映像だった。

ステファンベルグ・祐子と、彼女の上司、上席分析官のD・H・ハリントンは、その映像に目を疑った。

その内容が、戦時中、日本が戦意高揚を目的とし、国策として制作した「日本ニュース」や「大本営報道部映像」といった〝プロパガンダ映画〟とは明らかに一線を画すものだったからだ。

無論、その大半は「一億総火の玉だ」「欲しがりません、勝つまでは」「撃ちてし、止まん」……といった勇ましいものだったが、そのなかに、市井の民が、ときに〝敵性語〟を交えて、戦争への不満や戦争批判を堂々と唱える、目を疑うような画像が少なからず含有されていた。

「ああ、難儀や難儀。戦争なんぞ、まっぴら御免や。第一、あんな金持ち国に勝てるわけあらへん。こんな阿呆なこと、早よ、終(しま)いにして、稼がなあかん」(大阪船場・昆布問屋店主)

「この群青色で地味な国民服、ばってん、結構重宝するとよ。腕章巻けばちょっとした会合にも出らるるし、ほらこげんネクタイば当ててみてんね、そこそこよかろうが。なんちゅうたっちゃ、安上がりやんけん……」(福岡八女・福島地区の棟梁)

「※特高(とっこう)の姿を巧みに袂(たもと)で隠して、彼らを指さしながら『おっと、嗅ぎつけてきましたぜ〝歩く録音機〟。だがね、哀れと言えば哀れ。奴ら自身も、もっと大きな組織に見張られているのだから』」(横浜本牧・国民学校教員)

※特高=特別高等警察。主に国内の思想や言論活動、スパイ活動の摘発を行った内務省管轄の組織。

「当世流行の爆弾に当たらないおまじない。一番人気は赤飯に山吹色のラッキョウを一緒に食うこと、二番目は金魚鉢を神棚に祀り、揚句の果ては〝松笠〟(マッカーサー)焼いて鬼畜退治……ああ、何たるバカらしさ……」(東京市・町屋美粧院)……

そのほか、路地裏での銀色のベーゴマ遊びに興じる童や、庄内地方の早乙女の田植唄、島根琴平町の〝沈黙の盆踊り〟など……。そこに溢れていたのは戦時に暮らす人々の生き生きとした暮らしぶりだった。

 

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