そんなわけはないと、二段とばしで駆け上がると、うちのドアの前に、何かが置かれているのが、黒ずんだ蛍光灯の下にぼんやり見えた。

「なに、これ」

駅前のスーパーのロゴの入ったビニール袋に包まれたその中身は、長方形の小さなタッパーで、緑色の何かが液体の中に沈んでいる。

タッパーの蓋の上部端には不知火、とマジックで書かれていて、その文字は少し薄くて消えかかっている。不知火といえば、確か二〇二号室のおばさんの名字だ。もしかしたら、ゴミ出しのお礼の品なのだろうか。

鍵を開けて中に入ると、私は荷物を置いて、タッパーを開けようとした。明るい電気の下で見るその入れ物は、ずいぶん使い古しているのか、黒ずんで傷だらけだ。液体が飛び出ないようにそっと開けると、中にはキュウリの輪切りが水の中に浮かんでいて、つんと酢の匂いがした。

その匂いの中に、かすかな腐敗臭が潜んでいることに気づいた。靴を脱いでそのまま台所へ向かうと、おそるおそるきゅうりをつまんで口に入れた。

でも、それは腐敗臭が示すとおり、遠くで何かおかしな味がした。すぐに吐き出すと、液体を捨て、小さな袋に中身をあけて口をしばった。

きっと、朝、私が仕事へ出かけてから訪ねてきたけれど、不在だったから置いていったのよ。今日は暑かったから、腐ったのかしら。

心を乱さないようにそう善意に解釈すると、長方形のタッパーを洗いにかかった。洗いながら、この入れ物を空で返すわけにもいかないと気づき、気が重くなった。

次回更新は12月28日(日)、11時の予定です。

 

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