【前回の記事を読む】引っ越してから10日。近くに住む80歳を超えた老女の家の前には、いつもゴミ袋が置かれていて通行の邪魔になっており…

夜空の向日葵

「元気してる?」

急いで右腕に買い物袋をつるして電話に出ると、莉奈のよく響く大きな声がした。

「まあまあね」

「何よ、疲れた声しちゃって。どう? 新居は」

学生時代からの友人である莉奈には、引っ越したことを伝えていた。ただ、事故物件であることは黙っていた。

「駅から遠いし、スーパーも遠い。おまけに下の階にはへんなおばさんがいるの。いいのは、前より家賃が安いことだけ」

「なになに、へんなおばさんって」

背後で電話を持ち替えるような気配がした。

「二階に腰の曲がったおばさんが住んでいて、一度だけゴミを出してあげたら、それ以降、ずっとドアの前にゴミが置きっぱなしになってるの。一度だけを、毎回ゴミを出すのと受け取られちゃったみたいで」

「そんなの放っておいたらいいじゃない」

「そういうわけにもいかないわよ。だって、真夏でもないのに、そのゴミ、すごく臭うし、コバエまで飛んでるのよ。あたし、毎日そこを通らなきゃ下には行けないし」

背後で、ママおやつ、と声がした。莉奈のとこの下の子の悠人君だ。確か、小学三年生になったばかりだ。戸棚にパンあるから適当に食べて、と莉奈の叫ぶ声がした。