「集合住宅にはいろいろあるわね。うちだって、マンションの上の階から水漏れがして天井が変色してるの。管理人を通じて上の人にやんわり言ったらなしのつぶて。腹が立ったから、直接がつんと言ってやったわ。そしたら、急いで業者がやってきて、昨日とりあえず調査して行ったわよ」
ママパンない、と再び声がして、だから戸棚の二段目、と莉奈のイラついた声が飛んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。男の子は、すぐお腹すくんだから。上の子は、そんなでもなかったけど」
莉奈は、上の子が生まれる前まである企業の総合職として働いていたけれど、育児休業から復帰して一年で辞めた。そして今、在宅でウェブデザイナーをしている。
「一度、そっちに泊まりに行こうか?」
「え、いいの?」
「うん。今度の金曜日、悠人のキャンプと、ダンナの出張が重なったの。上の子は大学生だから一人でも平気だし。その時あたし、そのおばさんとやらにがつんと言ってあげるわ」
「本当? 金曜日ね。楽しみにしてる」
「オーケー。夕方、お寿司もって行くわ」
ママと三度目の呼び出しがかかったところで、ごめんまたねと電話が慌ただしく切れた。
気がつくと、辺りは真っ暗で、団地の階段にさしかかったところで、団地の一階の蛍光灯がついたり消えたりしているのに出くわした。
もう知らない、と心の中でつぶやいてから階段を上り、二〇二号室にさしかかると、なんとなくドアの内側で、誰かが外を伺っているような、ざわざわとした気配を感じた。