「松田君、今日北野さんの来る日だった?」
「そういえば今日はお休みのはずですね」
従業員は北野さんが今日お休みとは知らず、北野さんがいる事を全く疑問に思いませんでした。
「北野さん、今日どうやってここに来たの」
「前の道を歩いていたら、誰かが『来い来い』って呼ぶから入ってきた」
どうやら他の利用者さんが、北野さんが歩いているのに気づき呼んだらしい。「でもどうやって来たのかしら。誰も気づかなかったけれど。北野さんいつ来たの」
「こんなボケボケのおばあさんに、いろいろ聞かれてもなんにもわかりません。でも窓から白い服を着たおじいさんが、『ここはとても楽しくていいところだから入って一休みしなさい』って言ったのよ。そしたらいつの間にかここにいたの」
北野さんはひどい認知症なのに今日は結構覚えているなあ、と思った服部は、
「白い服ってどんな服? どんなおじいさんだった?」と尋ねました。
「お葬式の時の白い着物みたいだったわ、それに右目が見えないって言ってたわよ」
「えー、ひょっとしたらこの前亡くなった中内さんの事?」
服部はそんなはずはないと思いながら、中内さんの写真を見せ、
「ひょっとしてこの人」
と尋ねました。北野さんは認知症がひどいので、人の顔はいつもなら全く覚えていません。
しかし今日は、
「そうそうこんな人だったわ」と覚えていました。
三人ともその話を聞いて蒼白になり、何も言わずに仕事に戻りました。
「上田さん、明日の当直変わってください」
と松田が言うと、
「無理、明日は私きっと病気になるつもりだから」とわけのわからない返事をした上田でした。
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