【前回の記事を読む】すさまじい遺体の損壊に、胃の中の物を全て吐き出した…おびただしい数のナイフが身体を貫通し、男は立ったまま絶命していた。

サイコ1――念力殺人

その時後ろで黙って話を聞いていた鍬下が口を開いた。

「とにかくこの三人には署で話を聞かせてもらいましょう」

麻利衣が目を丸くした。

「え、私もですか?」

「もちろん。あなたは河原さんと一緒に無断で現場に踏み込み、部屋の中で嘔吐した。住居侵入罪の疑いがあり、証拠隠滅罪の容疑もある」

「証拠隠滅? どうして」

「例えば彼が殺された時、犯人がそこに体液を落としていたとする。その上に嘔吐すればあなたの胃酸が犯人のDNAを分解してしまうかもしれない。それにPCRにかけた時あなたのDNAだけが増幅し、犯人のDNA検出を邪魔することも考えられる。

或いはそこに落ちていたのはあなた自身の体液かもしれない。発見時にそこに嘔吐すれば、もしあなたのDNAが検出されても怪しまれずに済む」

「ちょっと待ってください。私があの人を殺したって言うんですか? そんなことありえません!」

「そうでしょうか。増田さんは林からストーカー被害に遭っていた。彼女に頼まれてあなた方が協力して林を殺害した。彼と交際していた増田さんなら家や部屋の合鍵を持っていてもおかしくない。そうなるとこの密室殺人は成り立たなくなる。

だからあなた方はこうやって敢えて玄関と部屋の鍵をこじ開けて侵入し、あたかもそこが密室であったかのような印象操作をしようとした。そういうストーリーもあり得ると思いますが」

「私、合鍵なんて最初から持っていません」

千晶が抗議した。

「さあ、どうでしょう。少なくとも犯人は合鍵を持っていた。そうでなければこの殺人は実行不可能だと思いますが」

「そんなことはない」

その時、それまで黙っていた賽子が口を開いた。

「これは超能力者(サイキック)によるサイコキネシス殺人だ。犯人は部屋の外から念動力でナイフを飛ばし、林を殺害したのだ」

刑事達は唖然として顔を見合わせた。羽牟はぷっと噴き出した。

「面白いね、君。それ本気で言ってるの?」

「もちろん本気だ」

「じゃ、その面白い話の続きは署で聞かせてもらおうか」

そう言って細めた彼の眼の奥は全く笑っていなかった。

新宿署刑事課のデスクに両肘をつき、組んだ両手の甲に顎を乗せて鍬下は呆然と考え事をしていた。そこへ羽牟が戻ってきた。

「どうでしたか? 増田と那花は」

鍬下が訊ねた。