透き通った体は、いわゆる霊体なのだろう。先程までの痛みはなく、穏やかな気持ちで由利香と瑞江と、仰向けに倒れた自分を見ていた。肉体から離れると、こんなに感情が穏やかになるとは知らなかった。

ふと気付くと、一華の肉体が、こちらを見つめている。自分自身の顔だけど、一華のよく知る、麻衣の瞳だった。

麻衣がむくりと起き上がった。目の前には、嗚咽を漏らす由利香と、鬼のような形相の母親がいる。

『……ママ。ギュッてして』

上目遣いで両手を広げる麻衣の仕草で、瑞江の表情が変わった。わなわなと口が震え、一筋、二筋と、頬の皺に涙が伝ってゆく。

「麻衣……? 麻衣ちゃんなの?」

一華の姿をしている。けれど、抱きしめた感触は確かに麻衣だ。もう、二度と触れられないと思っていた麻衣の温もりに、瑞江は叫ぶように泣き声を上げた。麻衣、麻衣と、何度も呼ぶ声に、麻衣も静かにうん、うんと、返す。

『ねえ、ママ。一華ちゃんを傷付けないでね。私は誰も怨んでない。一華ちゃんと会えて嬉しかった。最後まで一緒にいてくれて、嬉しかったの。ママの子供でいられて、幸せだったよ』

瑞江が何度も頷くのを確認して、麻衣が浮遊している一華を見上げた。

『困らせちゃってごめんね。もう、大丈夫だからね』

麻衣の差し出した手に一華が触れると、小川の水が滑り落ちるように、肉体の中に引き戻された。肉体には、まだ麻衣の気配を感じる。

『ママ、大好きだよ。ずっとずっと、そばにいるからね』

それが麻衣の一番伝えたかった事だと、一華は直に感じた。悪寒が走るような感覚で、麻衣が体内から抜けていく。麻衣の気配が消えた後には、麻衣の感謝の気持ちが、一華の胸にじんわりと温かく残された。

どれ程時が過ぎたのか。気付いたら一華と瑞江と由利香の三人で、抱きあって泣いていた。

 

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