一華の後ろから、白い手がぬいぐるみに向かって伸びる。瑞江には見えていないのだろうか。瑞江が目を見開き「ねえ、麻衣がどこにいるか見える?」と我が子の行方を聞く。
筋張った瑞江の指がぬいぐるみの胴体に食い込んだタイミングで、一華の腹痛がぶり返した。うう、と唸り声が出るほどの痛みに、一華はその場にうずくまった。
「あら、どうしたの? ねえ由利香、一華ちゃん、体調が悪いみたい」
「……ああ……本、当……」
まるで催眠にかけられたような鈍い反応で、由利香が返事をする。そんな由利香を鼻で笑い、瑞江が一華の背中を擦ってしみじみと言う。
「麻衣もよく腹痛で、こうしてうずくまったなぁ」
「みず……や、め……」
「お母さん」と叫びたいのに、一華は何故か声が出せない。痛みで意識が朦朧とする中、瑞江の驚くべき言葉が聞こえた。
「『イチカちゃん』はここにあるから、麻衣にその体をちょうだいよ」
瑞江がクマのイチカを捻りあげると、針で全身を刺されたような痛みが走り、一華は悲鳴を上げ仰け反って倒れた。
「や……めて、瑞江、おね、がい」
涙を流す由利香が、微かに首を振る。見えない糸で縛られているかのように、由利香がぎこちない動きで瑞江に腕を伸ばす。瑞江は目を吊り上げ、その手を強い力で振り払った。
「どうして! 一つくらい貰ったっていいでしょ! どうして由利香だけ幸せなの! あんたは一華ちゃんがいなくても、ひとりじゃない! 旦那も、幸せもあるじゃない! どうして一華ちゃんは生きてて、麻衣が死ぬの!?」
禍々しい言葉を吐きながら、瑞江がクマのぬいぐるみを一華に激しく叩きつけた。その瞬間、一華の視界が二重にぶれて、気付くと一華は自分の背後に立っていた。