【前回の記事を読む】【外資系企業なのに上司が日本人】…大変だね、日本人は公私の区別がないから付き合いに苦労すると言われ…
野望の果てに
事務所内は一瞬、怖いものを見るように静寂で時が止まったようだった。長谷川は会議室に集まった社員の目が自分に向けられていることに少し驚き、そして緊張した面持ちで二、三歩進んでホワイトボードを背にした。
会議室に50名近くの社員が集まったので鮨詰め状態であった。初めて見る事業部長に社員は少しざわつき始め、社員同士のひそひそ話が渦を巻いていた。それは長谷川部長がスキンヘッドであったことに多少の戸惑いがあって、社員の中で年齢当ての駆け引きが始まっていたのだ。この段階では誰も長谷川の実年齢を知っている人はいなかった。
秘書の塩見も蚊帳の外で何一つ経歴に関しても事前に知らされてはいなかった。長谷川部長の第一声がどんな声で何を語るのか視線を送った。
長谷川部長は背が低く後方にいる人からは前の人が邪魔になり部長の頭の頂点しか見えなかった。
塩見が女性特有の透き通った声で「それでは、本日当事業部に事業部長として就任されました長谷川部長の挨拶があります」
事務所内が静まり返ったところで低い声で、
「皆さんお早うございます。今日から赴任しました長谷川と申します。歴史のある日英商会で皆様と一緒に仕事が出来ることを光栄に思っています。日英商会は明治のころから長年にわたり、船舶部門や事務機器、産業機材そしてブランド製品の扱いを通じて日本の隅々まで名声が行きわたっています。
私はこれまで学生のころからアメリカでの生活が長く、社会に出てからも縁があって工作機械用の切削工具のアメリカ市場開拓でオハイオ州に長く住んでいました。今回、産業機材事業部が扱う多様な業界向けの製品については知識があるわけではありませんので、皆様に教えを乞いながら勉強し、社名に恥じないよう精進していく覚悟です」